2018年04月28日

東北の旅~青森県その5 八戸

青森県で最後に訪れたのは八戸(今日の宿泊地)。
八戸へは新青森から新幹線でも行けますが、青森駅から青い森鉄道に乗って行けます。
今だからかどうかは知りませんが、青い森鉄道1日乗車券があり、そちらの方が安い(200円ほど)のでそちらを購入しました。
ちなみに青森から八戸までは1時間半程度。
少し早めに乗りましたが、意外と満席になるほどには電車内は混みました(本数が少ないからかもしれませんが)。

八戸駅からバスで十数分のところに根城(ねじょう)があります。
これは日本百名城の一つです。
根城が築城されたのは、戦国時代より前の南北朝時代ちょっと前の建武元年(1334年)。
築城したのは南部師行(もろゆき)という青森県の覇者の南部氏の元祖です。
もともとは甲斐の国に居たのですが、陸奥守となった北畠顕家に従って東北の方に行った。
当時は北条家の残党とか居たり、足利尊氏が裏切った結果北朝軍に従った軍など反抗勢力が多発しましたが、その差異に顕家の片腕として無双した猛将です。
最終的には、北畠顕家ともども私の地元の近くの石津の合戦で戦死してます。
北畠顕家ものの小説を読めば、たいがい登場します。

その南部師行の銅像が博物館の前にあります。
IMG_20180428_162409.jpg
南部師行が南朝方の根本となる城という願いから根城と名付けたとか。
根城は寛永4年(1627)に岩手県に移封となり、その後廃城になったとのことです。

ということで石垣や天守とかはなく、中世の城であり、主殿はそのまま復元されているようです。

博物館の方(バス停がそっち)から行くと八戸城の東門があり、そこから本丸までは公園になってます。
その中には籠城に備えた実のなる木(くりとか柿とか梅)や、それとは別に観賞用の木があったそうで、発掘調査の結果をもとに実際にそれを植えているとのこと。
広場の周りには取り囲むように桜やイチョウの木があり、広い空き地になってます。
16時過ぎということもあり、あまり人はいませんでしたが、地元のちびっこが遊んでそうです(1組居た)。

さて本丸の入り口の木橋です。
IMG_20180428_163234.jpg
17時までで16:30締切で、着いたのが16:35くらいでしたが、受付のおばちゃんに聞いてみたら入れてくれました。
まあ、時間もそうですが、基本的によほどの城マニアかスタンプ集めの人くらいしか来ないだろうから人はあまり居ませんでした。

主殿や工房、納屋などが復元されている。
主殿
IMG_20180428_165205.jpg
外側はザ・中世って感じですが、内部は天守でもありそうな内装でした。
正月に出される食事とかも展示されてましたが、かなり質素。


工房
IMG_20180428_164928.jpg
工房は竪穴式で、入り口が滅茶苦茶低い。
大分腰をかがめないと入れない。
中世や戦国時代にもまだ竪穴式があったのかと珍しく思いました(看板によると東北地方北部から北海道南部の城や館ではよく見られるとのこと)。
本丸全体は柵で囲まれているので、城というより昔ながら平安時代の城柵っぽい感じがします。

とりあえず根城を見物した後は八戸近くのホテルで宿泊しました。
万歩計の歩数では31239歩(20.91km)。
この旅の中では最大限に歩きました。
おかげで両足裏に水ぶくれが発生して痛い。。。

何気にこの記事で通算1000記事目でした。
posted by 士季 at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北の旅~青森県その4 青森駅近辺いろいろ

青森駅のすぐ近くにねぶたの家ワ・ラッセがある。
IMG_20180428_135820.jpg
ねぶたの歴史や大型ねぶたの展示がある。

とりあえず撮影したねぶたを2枚ほど貼ってきます。
IMG_20180428_124400.jpg

IMG_20180428_125008.jpg
立体的で結構でかい。
中身も見れるし、おさわりもOKっぽいです。
外人(中国人ではない)が多かった。

ねぶたの家から北上(青森駅のすぐ北側)に津軽海峡雪景色歌碑があり、なんか近くによるといきなり曲が流れてきたのでびっくりしました。
おそらく赤外線感知かなんかで流れるようになってるんでしょうね。

そこから青森ラブリッジなる橋を渡って東に向かい、さらに南に行くと、「日本一おいしい水のモニュメント」なるものがありました。
IMG_20180428_132132_1.jpg
これは建物側を向いており、道路側からは見えません。
口から水が出ており、なかなか気持ち悪い。
青森市の水道水が日本一おいしい水であることを記念して設定したそうだ。

そこから南東に行くと、初見ではまず読めないであろう「善知鳥神社」がある。
IMG_20180428_132749.jpg
「うとうじんじゃ」と読む。
この神社は、青森市がもともと善知鳥村と言われた頃に建てられ、さらに荒廃したものの坂上田村麻呂により再建された。
神前挙式も行われいて、ちょうど行った時に新郎新婦が居ました。
やはり外人の観光客が居て、撮影してました。
池ではのんきにカモが泳いでました(人馴れしてるのか全然逃げない)。
IMG_20180428_133218.jpg

さて、次はさらに南下したところに廣田神社なるものがありました。
IMG_20180428_134247_1.jpg
全国唯一の病厄除けの守護神として祀られている神社です。
天明4年(1784)に青森の歴史上最も酷いと言われる大飢饉が起こり、そのあまりの惨状にときの徳川将軍(書いてないけど、10代徳川家治かな)がそれをきいて、江戸幕府より疫病・厄災除けグッズを送り、外ヶ浜の産土神であったこの神社に奉祀して祈願した所、しばらくして治まったことから、そう言われるようになったとか。
基本的に病気的なものには弱い(単なる低体温で免疫が弱いだけですが)ので、ちゃんと健康でありますようにお願いしました。

こんな感じで1時間半くらいぶらつきました。
posted by 士季 at 15:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北の旅~青森県その3 昼飯

青森とか北の方の名物はホタテとか魚介類が多く、魚介類が嫌いな私としては食べれる名物は少ない。
※日本全体に言えることかもしれませんが。

そんな中、B級グルメで気になっていたのは「黒石つゆ焼きそば」。
漫画「ましろのおと」で登場したので気になってました(14巻)。
今読み返していたら、弘前公園内の市民会館でやる設定であり(ちょうど今の時期)、その屋台で買ってるように思われるので、実際に売ってるところがあるかもしれない。

黒石つゆやきそばは黒石市発祥で、黒石市内の太麺に甘辛いソースが特徴の「黒石やきそば」に、和風だしのつゆをかけて、揚げ玉とネギを盛り付けた料理。
作り置きして冷たくなったやきそばに温かいつゆをかけてみたのが発祥となったそうな。

まあ、それはさておき黒石つゆ焼きそばを食べれる場所をぐぐってみると、基本は黒石近辺しかなく、青森駅近辺にないかなと思って調べてみたら、新青森駅1Fの「黒石や」にて食べれるとのこと。

なので、それだけのために新青森駅に行きました(といっても青森駅の隣)。
IMG_20180428_115156.jpg
黒石つゆやきそばだけでなく、スタンダードな黒石焼きそばやカレーつゆやきそばとかありましたが、普通につゆやきそばを注文(650円)。
作り方を見ていると、確かに普通に焼きそばを作って、最後にスープをかけてました。

那須塩原で食べた「スープ入り焼きそば」とはまた違った味でした。
あちらのスープはソースの味がしましたが、こっちはソースの味は薄めでだしという感じが強かった。
名前の通り「つゆやきそば」と「スープ焼きそば」の違いですかね。

これはこれでありですが、普通の焼きそばも食べてみたい気がしました(さすがに食べませんでしたが)。
posted by 士季 at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北の旅~青森県その2 最勝院

最勝院は弘前城大手門から南下して徒歩で15分くらい、弘前駅からはバスで15分くらいのところにあります。
正式名称は金剛山光明寺最勝院とのこと。
最勝院五重塔が有名で、全国で一番美しい五重塔として知られているらしいです。
IMG_20180428_100602.jpg

まずは入り口の新仁王門
IMG_20180428_100802_1.jpg

入ってすぐ左手側に五重塔がある。
IMG_20180428_100927.jpg

五重塔は津軽為信が津軽統一の際に戦死した敵味方を供養するために、三代藩主信義が明暦2年(1656)に着工し、一時中断があったものの寛文5年(1665)に四代藩主信政により再開されて7年に完成した。
塔の高さは31.2mで、5重目の柱間(字の如く、柱と柱の間)が初重の半分となっていて、均整のとれた美しい姿になっている。

新仁王門から少し進むと鐘楼があり、ちびっこ外国人が鐘を鳴らして拝んでいる姿は可愛らしかった。
IMG_20180428_101019.jpg

そして本堂
IMG_20180428_101035.jpg

流石にこの辺りは人は少ないけど、ちらほら居るのでちょっと驚いた。
私のように弘前城以外で観光地とかで調べて来るという人が多少なりともいるんでしょうね。
近くに幼稚園か保育園があって、ちびっこたちが隣の寺内で遊んでいた。
posted by 士季 at 10:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北の旅~青森県その1 弘前城

今回の旅のメインである弘前城。
日本百名城の1つ。
大館から弘前はJR奥羽本線で40分程度。
弘前城(弘前公園)へは弘前駅が一番近いわけではないが、弘前駅から徒歩30分程度です。

弘前駅から素直にくると、まずはじめに外堀に行き当たります(南の方の追手門に行かなければ)。
満開から散り始めのちょうどいい時期に来たと思いますが、散り始めていると外堀が一面桜色になるきれいな風景に出会います。
IMG_20180428_082436.jpg
水の流れで花びらが集まって、こんな風景になるみたい。

公園を一周分おそらく桜並木が続きますが、そのまま北上すると東門があり、その右手側に弘前文化センター前に津軽藩祖津軽為信の銅像があります。
ひげがぼうぼうの銅像ですが、為信は関羽を尊敬していたのでそれをまねたと思われます。
弘前城は、津軽為信の嫡子津軽信建により築城しはじめ、2代目信枚のときに完成しました(パンフレットには2代藩主信枚が着手とあるがおそらく間違い。弘前城内で購入した「私説弘前城ものがたり」によればそう書いてある)。
青森県はだいたい南部氏により治められてましたが、津軽為信(元々は大浦為信)がそのときの領主南部信直の父である石川高信をぶっ殺して独立して、攻め寄せてくる南部勢を撃退しつつ、ちゃっかり豊臣に大名として認められて、最終的に津軽藩として独立できました。
それが石田三成のおかげということもあり、三成に恩義を感じ、なんだかんだで三成の遺児を保護してます(三女辰姫が信枚の側室であり、3代目信義の母)。

東門の方から撮影するとこんな感じです。
IMG_20180428_082950.jpg
さすがは弘前城、まだ8時半頃なのにそれなりに人が居ました。
東門は↓
IMG_20180428_083118.jpg

東門からはいると、左手側に植物園があり、その植物園前にも十分な枝垂れ桜等がいっぱいあり、見事なものでした。
IMG_20180428_083407.jpg
逆の右手側(北側)はピクニック広場で花見のためかブルーシートで場所取りをしており、もっと奥には屋台が並んでました。
そのまま本丸に向かって進むと東内門外橋という場内唯一の石橋があり、そこに東内門(看板には二の丸東門)がある。
IMG_20180428_083626.jpg
その門のすぐそこには世界一古いというソメイヨシノがある。
無題.jpg
看板によると植栽が明治15年(1882)で、ソメイヨシノは生長が早いけど寿命は60~80年と短いらしい。
その割には弘前公園内のソメイヨシノは樹齢100年超えが400本以上あるらしい。
東内門を抜けると、もうすぐそこに天守がありますが、まだ見えないし、石垣が修繕中かなんかでシートが掛かっている。
本丸とつながってるのが、下乗橋(二の丸側で藩士は馬から降りるように定められてたとのこと)。
IMG_20180428_083953.jpg
というか本当に桜ばかりです。

さていよいよ天守です。
天守を撮影するように、木製の展望台があり、そこから撮影してます。
9時前だけどほぼ満員。
IMG_20180428_084629.jpg
雲ひとつない快晴で、岩木山もくっきりして(写真ではちょっとうっすら目ですが)雪化粧具合もよく、桜も松も映えてました。
スマホだからなのか、ちゃんとしたカメラならもっとうまく撮れたかも。
一番いい時期に来れたのではないかと思った次第です。
うまく快晴でしたし。
新婚さんがウエディングドレスとタキシード着て、記念撮影してました。

蓮池近辺から岩木山を撮影しましたが、スマホだとこんなものか(うまく撮る方法はあるのかもしれませんが)。
IMG_20180428_091447.jpg

さて本丸から北の郭を過ぎて、先程入ってきた東門のもう少し北川の三の丸近辺に行くと、屋台が並んでました。
IMG_20180428_092705.jpg
中でも串焼きやがあり、焼きタコとか水辺のキャンプとかで見そうなアユの塩焼きみたいなのが大量に並んでたりしました。
まだ9時過ぎの時間帯なのに。
そして、緑の相談所というところには、次は世界一太いソメイヨシノがありました。
IMG_20180428_092947.jpg
幹周537cm(高さ1.3mのところ)で、樹高10m。
パンフレットには世界一とありますが、看板には日本最大とあります。
一説には最古のソメイヨシノと同じくらいの樹齢らしい。

そこから一気に南下して二の丸の南内門そして、杉の大橋があります。
IMG_20180428_094812.jpg
この時点で10時前ですが、9時過ぎくらいからは大分人が多くなってきました。
この時期に訪れるなら9時前で、特に弘前で泊まってライトアップされた夜桜を見るとなお良さそうです。
ただ弘前でホテルを予約しようとしたら15000円オーバーのホテルしか空いてませんでしたが。

最後に追手門から出て、弘前城見物は終わりました。
なぜか追手門の写真がない。。。
ちなみに追手門のところの石柱には「鷹揚園」と書いてます。
弘前市都市公園条例での名称は鷹揚園だとのことです(大正天皇が名付けたみたい)。
posted by 士季 at 10:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月27日

東北の旅~秋田県その2 久保田城跡

次は秋田駅に向かいました。
角館から新幹線で1本で行けます。
基本ケチな私ですが、今回はお金は気にしない方向なので指定席券を購入しました。
新幹線こまちだけかどうかは知りませんが、自由席専用の車両はなく、空いてれば座っても良いのが自由席。
指定席の人が来れば明け渡せばいいということらしいです。

秋田駅から10分強くらい歩いたところに久保田城(千秋公園)があります。
久保田城は日本百名城の一つです。
千秋公園の由来は秋田県の秋と長久の意味で千(千年とかそんな感じでしょう)を組み合わせたとのこと。

久保田城は関ヶ原の合戦後、佐竹氏が常陸(茨城県)より移封されて、本拠地として築城されたのが始まりです。
その前(戦国時代)まではこの地方は安東氏の所領でしたが、ここよりは近くの土崎湊を北日本最大の港湾都市として発展させました。
安東愛季が一番有名なところ(といってもマニアな人しか知らないだろうが)で、羽後最大の大名で「斗星の北天に在るにさも似たり」と評された武将。
この安東氏は通字として「季」である点でも私的には好ましいところです。
晩年に安東から秋田に苗字を変えてます。

佐竹氏が移封されたときに本拠地の候補として、藩主義宣の父は横手を上げてましたが、貿易とかその辺を鑑みて久保田にしたみたいです。
その辺の話は岩明均(寄生獣の著者)の「雪の峠-剣の舞」という中編漫画2編で描かれているので参考に。
もう1編は剣聖上泉信綱の弟子の疋田文五郎ですが、両方とも面白いのでおすすめ。
久保田城は石垣と天守閣がない城として知られている(と看板には書いてあった)。

長々と書きましたが、千秋公園について。
千秋公園は秋田の中でも桜の名所として知られているらしく、週末の金曜日ということもあり花見客の席取りがすでに始まってました。
屋台もいっぱい並んでました(JKとかが買い食いしてました)。
IMG_20180427_163446.jpg
一番桜の木がある場所にはほとんど人が居なくて、屋台とか集まってる中央広場の近辺に人が多かった。
やはり花より団子なんでしょうねえ(それとも禁止なのか?)。
枝垂れ桜はあまりなく、普通の桜なので満開でちょうどいい時期でした。

久保田城表門
IMG_20180427_162708.jpg

御隅櫓
IMG_20180427_163526.jpg
御隅櫓は元々8箇所にあり、その櫓の一つで本丸の北西隅(一番高い所)にある矢倉です。
平成元年に復元されたものです。
中は佐竹氏についてまとめられたパネル?や久保田城の模型的なものがあるだけで、資料とか特にありません。

公園の中心部には佐竹義堯像がありました。
全く知らない人物でしたが、佐竹義堯は久保田藩最後の藩主で、よっぽど敬慕されたのか銅像が建てられたが、太平洋戦争の影響で金属として回収されたものの、市民に惜しまれたのか、御隅櫓とともに復元されたみたいです。
※写真を撮ったつもりがなぜかない。

観光客はあまり居ない(平日ということもあったからかもしれない)。

とりあえず、秋田ツアーはこれで終了しました。
こことは別に秋田城跡(平安~奈良時代の東北地方の日本海側に置かれた官衙(地方官庁))も考えましたが、時間の関係上断念。
男鹿のなまはげとか気にはなりましたが、時間や交通の便から割愛しました。
みたらしプリンを食べたかったが、発見できずに断念(電車出発数分前に売ってる店が間違ってたのに気づきましたが)。
秋田駅に止まっていたら、羽後牛弁当なるものを購入したかった(1日15個限定とかなんとか)。

今日は大館に宿泊(秋田と弘前の真ん中辺り)。
スマホ搭載のなんちゃって万歩計によると今日の歩数は19552歩(13.1km)らしい。
posted by 士季 at 18:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北の旅~秋田県その1 角館

角館は東京から新幹線で一本で行ける(3時間程度)。
盛岡まで行って、秋田行きのこまちと、青森・函館行きのはやぶさに分離するみたいです。

当初は田沢湖(新幹線も泊まる)も考慮しましたが、田沢湖自体が駅から離れてるし、そもそも電車が1時間に一本しかないので諦めました。

ということで8時40分東京発に乗って、11時40分頃角館に着きました。
4/27(金)と平日なのに満席でした。

角館は武家屋敷と桜並木が有名です。
角館は戦国時代には戸沢氏の領土(猛将戸沢盛安くらいしか知りませんが)で、江戸時代は後ほど出てくる佐竹氏の久保田藩の領土です。

武家屋敷は角館駅から徒歩で10分強くらいのところにあり、一本道なので迷うことはない。
まず最初に行ったのは武家屋敷をちょっと通過したところに、桧木内川があり、その川沿いに桜並木があります(2kmくらい続くとか)。
下の画像は横町橋から撮った写真です。
IMG_20180427_120434.jpg
ちなみに不覚にもデジカメを持っていくのを忘れたので、すべてスマホで撮影してます。
人はたぶんジモッピーの花見客や普通の観光客で一杯でした。
というか中国人多すぎ(中国語しか聞こえなかった)。

次は武家屋敷周辺の枝垂れ桜
角館枝垂れ桜.jpg

IMG_20180427_144608.jpg

IMG_20180427_144900.jpg
ほぼ満開から大分散ってる感じでバラバラです。
東北は枝垂れ桜が多い印象を持ちましたが、今の季節はソメイヨシノとか普通?の桜は満開で、枝垂れ桜は散り始めてるような感じですね。

さて、次は武家屋敷です。
何件かありますが、私が行ったのは石黒家と青柳家、あと少しだけ小田野家は寄りました。
※石黒家と青柳家は入館料必要。
まずは石黒家。
IMG_20180427_121957.jpg

石黒家はガイドさんが石黒家について説明してくれます(英語のガイドも居ます)。
佐竹北家(佐竹の分家で東西南北それぞれ分家がある)の家臣で、おもに勘定役とかをしていたらしい。
石高は250石(別のガイドは150石とか言っていたような。。。)らしいので、結構な上役っぽいです。
樹齢250年以上の木(何の木かは忘れた)がある立派な庭や亀の透かし彫りがある欄間など立派なお屋敷です。

次は石黒家のお隣の青柳家。
IMG_20180427_123643_1.jpg
青柳家はかなり広く(3000坪とか)、母屋はもちろん解体新書記念館や食事処まである。
武器庫には薙刀や刀があり、持ち上げることができる。
薙刀は片手で持つにはちょっと重かったけど、両手なら振り回せそうだなという印象です。
解体新書がなぜかあります。
今年の正月に放映されてた「風雲児たち 蘭学革命篇」を見てれば分かりますが、解体新書の挿絵を書いた人物として小田野直武(小田野武助)が居て、この人物は青柳家と姻戚関係にあったとのことです。
食事処では稲庭うどんが食べれるので、後述しますが、大人しくここで食べたほうがいいかもしれない(比較的空いていたような気がします)。

さて、角館最後に秋田名物の比内地鶏と稲庭うどんを食べようと思い、ググって一番最初にヒットした角館にある「桜の里」に行きました。
この時点で13時前くらいです。
当たり前っちゃ、当たり前ですが行列出来てました。
と行っても滅茶苦茶並んでるわけでもないし、30分も待てば入れるだろうと甘く見て待っていたら、全く進まず、結局店の外で1時間、店の中で30分位待ちました。。。。
頼んだのは比内地鶏の親子丼と稲庭うどんのセット(1600円)です。
IMG_20180427_143342.jpg
比内地鶏の親子丼は卵が濃厚でかなり美味かった。
個人的には肉が少なかったような気がしましたが。
稲庭うどんの方は比較的細く平たい(平麺っぽい)感じで、ツルッとしたのどごしでした。
ただ食べた感じでは温かいものより、冷たいほうが良かったかも知れない。
どちらも半分程度のサイズなので物足りなさは多少ありましたが、親子丼をガッツリ食べたほうがよかったかなあと後で思いました。

ただこの店でも中国人が多く、なぜか私が座っていたテーブル席(10人位)では私以外は全部中国人(そのうち6人位おばちゃんでうるさかった)。

posted by 士季 at 14:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月21日

ソフトボールの練習2018 その1

ついに毎年恒例のソフトボールの練習を開始しました。
先日は早朝が雨風が強く、中止でしたが今日は快晴。
去年は自転車がパンク中だったので、グラウンドまで電車とバスで行ってましたが、今回は自転車で行きました。
予め自転車のルート検索をして坂道が少ないコースで行ったら、25分程度で着いたので、電車&バスより早く着きました。

練習内容は、キャッチボール、守備練習(ゴロ&フライ)、バッティング練習でした。
普段、特に最近はほとんど運動してないこともあり、脚の空回り感が半端なかった。
ほんと動けてない。
守備練習もゴロはともかく、フライの下手さがひどかった。
落下位置の予測も微妙だったし、受けるのも結構弾いていてひどかった。
自他ともに認められていたであろう、動ける小デブでしたが、最近は運動神経も鈍ってきたような気がする。
まあ、普段運動してないからしょうがないと言えば、しょうがないですが。
ピッチャーだから、そんな難しいフライがくるわけではないと思いますけど。。。

次の練習はGWあることもあり、5/12だけどそのときはいないので、私が参加する練習は5/26で、試合の一週間前です。
怪我しないようにがんばります(すでに擦り傷っぽいのは一杯作りましたがw)

posted by 士季 at 16:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月15日

大学院時代の同期の今

今日の予定はソフトボールの練習だったのですが、早朝から大風と雨のため中止になりました。

それはさておき、自分のHP見ていたら、大学院時代の同期で博士課程に進んだ2人はどうなったかなあと思って、ちょっとググってみた。
そうすると、二人とも出世?していて、東京大学と大阪大学の助教になってました。
かなりびっくりして、思わず声が出た。

毎年全部合わせたら何万人という博士課程修了者が出て、その後に就職組を除くと、PD(ポストドクター)だったり研究員になったりするわけですが、受口は毎年何千何万人も空くわけではないので、大学教員になれるのはごく限られた数だと思われます(ぐぐってみたら、たぶん学部にもよりますが数%くらい?)。

ぶっちゃけ、一人は大学時代から同じ大学ですが、其奴は私同様口下手・・・というか若干吃音気味なので人前で講義とかできるのかと思いましたが、プロフィールとかを見ると結構な数の授業を受け持っているらしく、それでもまたびっくりしました。
それがもともと私らがいた研究室の特任助教になっていた(特任と付くと任期つきとかなんとか)。
もう一人は口も達者で議論が好きな感じでしたから、あまり心配してませんでしたが。
もう助教クラスになると英語はバリバリ書けるだろうし、喋れるようにもなってそうで、ちょっと羨ましい感じです。
凄いっすねえ。
今後の活躍に期待して、たまにググって調べるようにしよう。

ちなみに年収をぐぐってみると、
公立助教:400~450万円
私立助教:500~600万円
公立准教授:650~750万円
私立助教授:700~800万円
教授:1112万円

ちょっと助教は少なめですね。。。
posted by 士季 at 14:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月14日

仮想化基礎検定

先週宣言した通り、仮想化基礎検定試験を受験してきました。
結果は以下。
仮想化基礎検定結果.jpg
スコア:81.3%
合格基準:正解率70%
結果:合格

内訳
セクション1:仮想化の概要 93.3%
セクション2:仮想化関連技術-ネットワーク 90.0%
セクション3:仮想化関連技術-ストレージ 53.8%
セクション4:仮想化関連技術-CPU 90.0%
セクション5:仮想化のアーキテクチャ 80.0%
セクション6:仮想マシンの管理 100.0%
セクション7:仮想化に関連したサービス 57.1%

■勉強方法
公式サイトで販売されている公式テキストだけで特に問題ない(3815円(送料込み))。
仮想化基礎検定テキスト.jpg
あと、公式HPに例題があり、そこから数問出たので受験する人は必ず見ておいたほうが良い(出題された問題の中では一番簡単ですが)。
その他に適当にググりながら情報収集したが、試験にはあまり役に立たなかった。
自分の勉強は一通り読んで、単語や動作などをノート10ページほどにまとめて、1週間ほどは毎日簡単に見直したりして覚えて、本番に臨みました。

■感想とアドバイス
実質勉強したのは10日間程度で、このテキストだけでしたが合格してホッとしました。
試験受けてる最中は結構難しく感じて、受かるかどうか微妙だなと思いましたが、こういう情報処理の試験は得てして完全に落ちたという感触でなければ、大概受かってるもんです。
ちなみに試験時間は90分、問題数は80問ですが、基本4択問題で計算とかもないので30分で終わりました。

公式HPには、テキストの内容から70%ほど出題され、残りは応用問題とあります。
テキストの内容と言っても、例えば「ホステッド・デスクトップについて正しいのはどれか」というストレートな問題もあれば、例えば「ライブマイグレーションの負荷分散を行う上で、起こりうる問題はどれか」などテキストには直接答えが書いてない悩まされる問題がありました(というかこれは応用問題か?)。
あと、例えばFC-SANのBBクレジットフロー制御でのR_RDYのことなど細かいことも出題されるので、要注意です。
製品名とかはなかったけど。

応用問題と思われる問題としては、実際に仮想化サーバを導入する上での検討することなど、テキストには直接答えが書いてないような内容だと思われます。
常識的に考えて、2択までは絞れますがあとの2択はなかなか判断つかず、どちらかというとこっちという感じで選びました。

あとは仮想化とは直接関係なさそうな基本的な既存の技術問題も出題され、ちょっと困惑しました。
例えば、「ストレージを導入する上での考慮すべきことは?」という問題です。
WindowsにもLinuxにも対応するべきかなと思いつつも、なんかよくわからないプロトコル?(テキストに書いてあるCIFSやNFSではない)とかSambaというソフトのことやら(初めて聞いたので知らない)書いてあるので、さっぱりわかりませんでした(専門じゃないので)。
専門のネットワークの問題で、結果を見るとネットワークは正解率90%なので、何かしら一問間違えてるみたいです。
微妙だった問題としては、「NAT(アドレス変換)で正しいのはどれ?」という問題で、選択肢(4つ)がネットワークの専門用語?を使うなら、「宛先NAPT、送信元NAPT、宛先NAT、送信元NAT」でした。
正直全部アドレス変換で、NATだけで言われるとどれかと言われるとわからない。
一般的にブロードバンドルータとかに設定されているアドレス変換を考えると、送信元NAPTですが、NATではなくNAPTだしなあと正直悩むところです。
結局、送信元NATを選びましたがこれは間違ってる可能性がある。
とういか曖昧な問題を出しやがってこんちくしょうという感じです。

今年こそは秋にネットワークスペシャリスト(高度情報処理技術者試験の1つで国家資格)でも受験しようと思うので、ちょっとずつ勉強していきます。
posted by 士季 at 17:30| Comment(0) | PC&WEB | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする