2018年04月30日

東北の旅~宮城県その4 仙台東照宮

仙台にも東照宮があるので行ってみた。
仙台東照宮には、仙台駅から仙山線で1駅の東照宮駅から歩いて数分で行けます。

天正19年(1591)に徳川家康が奥州仕置の視察を追えて江戸へ戻る途中に、当時の天神社の境内であったこの場所で休息されたことから、鎮座地に選ばれた。
仙台藩2代藩主伊達忠宗により慶安2年(1649)に普請を始め、承応3年(1654年)に完成した。

随身門
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拝殿
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伊達の割には地味だなと思っていたら、奥に本殿があるみたいでした。
ただ唐門と透塀が見えるだけで、さらに近寄れもしないので非常に残念。
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パンフレットを見る限り、本殿は綺羅びやかそうです。
見れる機会があるのかどうかはよくわからない。
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東北の旅~宮城県その3 昼飯

仙台駅で昼食にしました。

昨日に合わせて仙台牛のステーキでも食べようかと悩みましたが、結局は牛たん焼きにしました。
仙台駅3Fには牛タン通りという牛タンの店が集まっている一角がある。
11時前に行きましたが、すでにどこの店も行列が出来てました。
私が行ったのは、「味の牛タン喜助」。
20分位待ちました。

観光客ばかりなので店はそんなに広くないのに、スーツケースが並んで非常に邪魔でした。
注文したのは定番の牛たん炭火焼き定食1.5人前(2430円)
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これまた美味かった。
牛タンは好きでも嫌いでもなかったですが、これは肉厚でうまい(もっと厚いのもあるみたいですが)。
付け合せの味噌南蛮がご飯(麦めしですが)にあってうまい。
仙台行ったなら、やはり牛タン食べるのがいいですね!
私が食べたのは塩味でしたが、他にもタレと味噌味があり、2種類選べる定食もあったのでそっちにすればよかったなあと思った次第。
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東北の旅~宮城県その2 多賀城

鹽竈神社を後にして向かったのは多賀城。
日本百名城の一つ。

多賀城へは仙石線の多賀城駅からも行けるが結構離れているため、最寄りの駅は東北本線の国府多賀城駅。
ただ線が違うとすべて仙台経由(たぶん)になるので、電車で行くと結構時間がかかる。
ただ東北本線には塩釜駅があり、そこへは鹽竈神社から徒歩15分程度で着くので、そちらの方が早い。
塩釜駅から国府多賀城駅は1駅。

多賀城は日本の古代城柵。
奈良~平安時代の大和朝廷側の陸奥国府や鎮守府が置かれた中心地だった。
なので、坂上田村麻呂や阿弖流為ものを読んでれば結構出てくる土地。

国府多賀城駅からは徒歩15分程度?(変な道を通ったので遠回りになりましたが)。
礎石等が残っているだけなので、観光客なんて皆無だろうと思っていたら、多少なりとも居てびっくりしました。

正殿跡
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イメージ
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外郭南門跡
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将来図のような門を復元する計画があるとか。。。ぜひやってもらいたい。

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東北の旅~宮城県その1 鹽竈神社

最終日、宮城県。
まずはじめに松島に行くかどうか迷いましたが、松島の観光だと観光船に乗ったり、山頂から眺める景色だったりするので、辞めました。
※乗り物酔いが激しいので、船だとまず一人は無理

最初に行ったのは鹽竈神社で、ここは陸奥国の一の宮。
鹽竈神社へは一ノ関から新幹線で仙台に出て、仙台から仙石線で本塩釜駅で降ります(1時間ちょい)。
本塩釜駅からは徒歩15分くらいです。
水ぶくれを潰したので、足の痛みは大分治まった。

鹽竈神社の隣には志波彦神社が併設されている。
駅から近い裏参道から行きました。
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ここにも芭蕉の碑がある。
裏参道でちょっと階段を登っていくと、松島湾を借景した池泉回遊式庭園がありました。
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あんまり広くはないですが、綺麗な庭園で、秋とか良さそうです。
そのすぐそこに志波彦神社がある。
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祭神は志波彦神(しわひこのかみ)とそのままですが、延喜式の神名帳に記載されている名神大社と言う格別の崇敬を朝廷より受けていた神社だそうです。

さて、鹽竈神社です。
唐門
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左右宮拝殿
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別宮拝殿
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祭神が3神で、左宮が武甕槌神(たけみかづちのかみ)、右宮が経津主神(ふつぬしのかみ)、別宮が鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)。
鹽土老翁神が主祭神だけど、別宮で祀っているのも変な話だな(有名どころに遠慮しているのか)。

やはりここでも神前結婚式が行われており、今日は3組予定されているぽく、準備している姿が窺われた。
あとわかりにくかったですが、左右宮拝殿のすぐ近くに文治神燈があり、これは藤原秀衡の三男忠衡が父の約束を守り自分の命に代えても源義経を守る近いを込めて寄進したもの・・・という説があるらしい。
扉の碑文になんか書いているらしいが、読めないのだろうか?

そして楼門の方から表参道(表坂)を通って、鹽竈神社を後にしました。
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表坂は202段の階段ですが、坂道ダッシュしている女の子が居ました(途中でへばってる様でしたが)。
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2018年04月29日

東北の旅~岩手県その6 平泉(毛越寺)

最後は毛越寺。

中尊寺から毛越寺へ行くには徒歩だと30分位かかると思いますが、自転車だと10分くらいです(たぶん)。
途中ちょっとした坂道があるのがしんどいくらいです。
毛越寺はどちらかというと平泉駅からの方が近い(徒歩でも15分くらい)。

毛越寺はもうつうじと読み、越はオツと読んで、モウオツジ→モウツジ→モウツウジになったとのこと。
モウツジでも一発変換で毛越寺が出てくる。

毛越寺は中尊寺同様に慈覚大師円仁が開山し、奥州藤原氏の地味な2代目藤原基衡から秀衡のときに多くの伽藍が造営された。
全く印象に残らない2代目基衡ですが、なぜか藤原氏は後継者を指名しないので、異母兄と争っていたり、朝廷側がちょっかい出してくるので外交戦でやりあったりといろいろしてます。
当時は堂塔40僧坊500を数えるほどの中尊寺を凌ぐ規模と華麗さだったらしいですが、奥州藤原氏滅亡後は度重なる災禍により建物が焼失してしまった。
ただ基壇や礎石は良好に残っていることから、特別史跡として指定されている。
今は本堂と大泉が池を中心とする浄土庭園となっていて、かなり広いです。

まずは本堂。
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大泉が池
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反対側
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遣水(やりみず)
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遣水は池に水を入れる水路で、平安時代の指導書「作庭記」の様式を余すことなく伝えていて、遣水の遺構自体が奈良の宮跡庭園を除いて他になく、平安時代の遺構としては唯一とのこと。

毛越寺をのんびり見学して本日は終了。
※正確には藤原氏の政務の場とされる平泉館があったとされる柳之御所遺跡等も行きましたが、省略。

今日は一ノ関に宿泊しました。
スマホ万歩計によると26670歩(17.87km)。
水ぶくれのため足がずっと痛かった。
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東北の旅~岩手県その5 平泉(中尊寺)

高館義経堂の次は中尊寺に行きました。
自転車で数分です。

関山中尊寺は嘉祥3年(850)に比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁により開かれました。
長治2年(1105)に奥州藤原氏初代の藤原清衡により大規模な堂塔の造営が着手されました。

登り始めてから、弁慶堂、地蔵堂、薬師堂、観音堂などなどがあります。
弁慶堂の近くの茶店では弁慶餅(味噌ダレの平たい串団子)が食べれます。

そして本堂(金色堂があるとこじゃない)。
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中尊寺の山内17ヶ院を包括する中心道場。
奥州藤原氏の追善、正月修正会など、一山の法要はほとんどここで厳修されているとのこと。
全体的にですが、さすがに人が多い。

いろいろすっ飛ばして、金色堂です。
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ここだけは入館料が必要。
当たり前ですが、この建屋の中に金色堂がある。
堂全体が金箔で覆われて、きらびやかでした(当然のことながら撮影禁止)。
金色堂をガラスケースで囲われているので近づくこともできませんが、金色堂の前で僧侶がずっとお経?を唱えているようです。
夜光貝を使った螺鈿細工が見事。

奥の方には白山神社がありますが、一気に人が少なくなります。
最後に東物見台からの風景。
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桜がほぼ散っているのが残念なところでした。
posted by 士季 at 14:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北の旅~岩手県その4 平泉(高館義経堂)

お次は岩手県のメインである平泉に行きました。
前沢駅から平泉駅までは東北本線で1駅。

平泉というか前沢行く前に、水沢にある「歴史公園えさし藤原の郷」も考えましたが、駅から遠くバスの本数も非常に少なく(一日数本)、タクシーも結構なお値段するのでパスしました。
NHK大河ドラマのロケ地として使われる。最近だと真田丸。平安建築群が再現されたテーマパークとしては日本唯一なので興味は非常にあったのだが、残念。

平泉の駅前にはレンタルサイクルがあるので、そこで自転車を借りました。(3時間500円、4時間700円、1日1000円)。
効率のいい道順や自転車置き場とかも教えてもらえるので、借りてよかったです。
結構皆さん借りてました(夫婦で借りてる人も)。

まず最初に行ったのは、中尊寺行くまでの途中の脇道に逸れたところにある高館義経堂。
高館は源義経が源平合戦後に兄頼朝に追われて平泉に落ち延びた際に、藤原秀衡の庇護のもと高館に居館を与えられたものの、頼朝の圧迫に耐えきれなくなった藤原4代目泰衡の急襲にあって、この地で妻子ともども自害したとのことです。
ちなみに正室は静御前ではなく、郷御前(河越重頼の娘)です。

丘の頂上に、天和3年(1683)に仙台藩主第4代伊達綱村が義経堂を建てたとのこと。
高館からの眺望は平泉随一と呼ばれるとパンフレットにあります。
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義経堂と階段を挟んで反対側に芭蕉句碑がある。
「夏草や兵どもが夢の跡」と奥の細道の一節かなんかが刻まれていて、この地で詠んだと伝えられているとのこと。

ちなみに義経堂は毛越寺管理内のようです。
さて義経堂です。
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その隣に源義経主従供養塔(宝篋印塔)
昭和61年に藤原秀衡、義経、弁慶800年御遠忌を期して塔を建てたみたいですが、義経主従だったら秀衡は場違いなのでは?とちょっと思った。

posted by 士季 at 13:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北の旅~岩手県その3 昼飯

昼飯はブランド牛である前沢牛にしました。
盛岡から前沢へは東北本線で1時間10分程度とちょっと距離はある。
ただたまたまですが、臨時列車?であるジパングに乗れたのでちょっと短めに到着できました。
※GW中は一日数本走ってるみたいです。
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指定席は窓側を向いてテーブル着きなので、食事しながら景色を楽しめる(田んぼや木ばかりでしたが)。
ちなみに私は自由席(そんなのあるの知りませんでしたし)。

前沢牛でググると、前沢オガタという店が一番に出てくるので、そこに行きました。
前沢駅から徒歩5分程度。
11時半開店で11時過ぎに着きましたが、特に並んでいる状況ではなかった。
あとでわかりましたが、並ばずに車の中で待ってる感じでした。
ちなみに前沢牛の精肉店もあり、そちらは10時からやってるのでそっちに買いに行く人も結構居た。

とりあえず11時15分くらいから店の前近辺で待機していたら、11時20分くらいに店を空けてくれたので、車で待機している人らを尻目にして2番めに入れました。
ちょっと早めに行くのがいいですね。
注文したのは、GW限定メニューで前沢牛三昧セット。
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・上霜降焼肉 100g
・赤みステーキ 100g
・サイコロステーキ 100g
・炙り握り(2貫)
・焼き野菜
・グリーンサラダ

で、1万円ですw
一番高いコースはシャトーブリアンとサーロイン100gずつで12000円でしたが、悩んだ挙げ句、量を重視しました。
写真で見てわかるように自分で焼きます。
さすがに柔らかくてうまかった。
タレよりかは塩で食べたほうが美味しい(店員さんはタレの方しか説明してくれなかったけど)。
満足しました。

12時過ぎに出ましたが、店内は待ちで行列出来てました。
そういえば今まで書いてませんでしたが、青森までは朝はひんやりして日中は上着あっても十分過ごせましたが、岩手に来てからは暑い。
単なる天候の問題かも知れませんが、本当に暑かった。
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東北の旅~岩手県その2 盛岡城

盛岡城は日本百名城の一つ。
盛岡城跡公園は盛岡八幡宮と盛岡駅の間くらいにあり、盛岡八幡宮からは徒歩15分くらいで着いた。
別名岩手公園。

盛岡城は盛岡藩南部氏の居城。
藩祖の南部信直は天正19年(1591)の九戸の乱後に、三戸から九戸に本拠を移したが、翌年蒲生氏郷らに九戸じゃ北過ぎと助言を受けて、不来方の地の整地を開始し、慶長3年(1598)に嫡男の利直に築城に着手した。
慶長年間にほぼほぼ完成し、「盛り上がり栄える岡」と言う願いを込め、不来方から盛岡に名前を変えたとのこと。
石川啄木が少年時代に学校さぼって、ここで昼寝していたと啄木の詩にある。

盛岡城は石垣の城で、基本東北の城は土塁が多いので珍しいらしい。
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全体を見てませんが、石垣がかなりしっかり作られている印象です。

ここも桜の名所っぽいですが、もう桜は散ってます。
それでもまだ屋台は並び、ブルーシートも敷いてありました。
本丸跡には南部家42代目南部利祥中尉の銅像台座だけがある。
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銅像本体は金属として回収されたみたいです。

ここからでも岩手山はくっきり見えました(建物が邪魔でしたが)。
この盛岡城跡公園に隣接して櫻山神社があり、祭神は南部家の有名どころで、初代光行、藩祖信直、2代目利直、11代目利敬だそうです。
この盛岡城築城の際に、この櫻山神社の場所を掘り下げたら、大きさ二丈(約6m)の大石が出てきて、出てきた場所が祖神の神域にあったため、宝大石として崇拝されているそうです。
烏帽子岩(兜岩)と言う。
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東日本大震災のときに転げ落ちなかったのかあと気になりますが。

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東北の旅~岩手県その1 盛岡八幡宮

岩手県の最初の目的地は盛岡。
八戸から盛岡へは新幹線で30分程度です。

新幹線の中から岩手山がきれいに見えました。
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まず最初に向かったのは盛岡八幡宮。
盛岡駅からバスで20分程度です。
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盛岡八幡宮は康平5年(1062)に源頼義(八幡太郎義家の父)が安倍氏討伐の際に戦勝を祈願して石清水八幡を観請したのに始まる。
文禄2年(1593)に南部氏が盛岡城を築城した際に城内鎮守の神社として再建されたとのこと。

社殿は↓
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また、小さいけど縁結美神社もあり、絵馬がたくさん吊るされてました。
書いてあることがなかなかおもしろい。
「弟が今年こそ良縁に恵まれますように。人生を拓いていけますように。by 姉・家族一同」←泣
「彼氏との間に元気な赤ちゃんを授かりますように」←デキ婚狙い?
など
この神社の作り自体はしょぼい。

その他にも高倍神社という調味料や料理、飲食店の守り神とする神社や、包丁塚、交通安全祈祷殿、梅宮(安産祈願)など多数のお社があるみたい(全部は見てない)。

同じ境内内というのか隣には岩手護国神社がある。
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岩手護国神社は明治天皇の思し召しにより、明治新生の際に国事に殉じた目時隆之進と中島源蔵の御霊を祀るために創建されたとか。
ググってみた所、明治維新の際に盛岡藩は旧幕府軍についたが、目時は官軍シンパだったので筆頭家老の楢山佐渡を説得しようにも失敗し、結局戊辰戦争で敗北した後に、薩長側からの働きかけで早期降伏に功のあった目時を家老にし藩政を託されるも、結局領土召し上げになったので、南部藩士の反感を買い、一室に幽閉され、挙げ句自分の赤心を示すために切腹したとのこと。

ちなみに駐車場側に明治天皇の銅像がありました。
posted by 士季 at 08:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする