2018年05月26日

ソフトボールの練習2018 その2

ソフトボール試合1週間前になりました。
ちなみにその前日がボウリング大会。

どちらも全然練習しておらず、ソフトボールの練習は約1ヶ月ぶりの練習でした。
試合に出始めて5年目になりますが、結成当時からいるのはいつのまにやら発起人兼監督と私の2人だけになりました。

今日の練習はキャッチボール、ゴロの練習、内野フライの練習、外野フライの練習、バッティング練習です。
基本的にピッチャーな私は守備の練習はあまりしなかった(キャッチャー役)ので、あまりハードな練習にはならず、筋肉痛もあまりないような気がします。
といっても多少した守備練習はあまりいい出来じゃなかったので、ちょっと無念。
代りにバッティング練習は比較的うまく打てて、ゴルフのスイングをするかのようなインローもうまく打ててました(試合ではまずそんな球振りませんが)。

今回からは3チーム総当たり戦やった後にリーグ戦となるので、今までと違い最低2試合できる。
※弱いチームは1試合からできないので、どうにかしてくれとクレームがあってそれに対応したようです。
ただ今回はくじ運が悪く、1試合目の8:30スタートかつ多少ウォーミングアップもしなきゃいけないし、開会式にも出ろということなので、朝の移動がだいぶ早くなり、ちょっとしんどい(1時間半くらいはかかるので)。

だいぶ体が鈍ってきているので、怪我には注意してがんばります!
まずはボウリング大会2連覇目指して。。。

posted by 士季 at 16:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

結局スマホを買い替えました

半壊しつつあったスマホでしたが、結局タッチパネルが反応しなくなる症状が再発したので、おそらくバッテリがいかれているのだと思い、買い替えました。
バッテリを外してみようとも思いましたが、なかなか困難そうなので、ぶっ壊してしまう畏れがあるので諦めました。

ちなみに充電中か周りの室温が低い場合は普通に使えました。
常時発熱しているような状況でスマホが熱くなってましたが、充電中はなぜか熱くならないので訳がわかりません。
さらに勝手に再起動までする始末でした。

さて、元々機種がHuawei製だったので、また今回もHuaweiにしました。
その方がデータ移行が簡単かなということで。
アプリもわざわざダウンロードしなくても済んだので確かに楽でした。

ただ、楽天モバイルのせいかどうかはわかりませんが、機種変はなかなか面倒でした。
まず、元々のスマホが3年前の機種だったので、SIMがマイクロSIMで、最近の機器はナノSIMのみの対応ということもあり、SIMが対応していなかった(SIMの大きさがマイクロとナノで異なる)。
またサイズ変更も店でできるなと調べてみると、店で対応できてない型番だったので、諦めてサイトから再発行。

再発行後2日後くらいには新しいSIMが届きました。
ただ発行の次の日くらいからは元のSIMが使えなくなりましたので、一時的にスマホで通信ができない状態になりました。
そのせいで電車の乗り換え等を調べたり、飲み会の場所を探せなかったりと、スマホがないと滅茶苦茶不便だなあと実感しました。

スマホ本体自体もサイトで注文して3日後くらいにはもう届いてました。

最低限の設定はしましたが、あとはいろいろカスタマイズするだけです。
posted by 士季 at 12:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

時間が経つとスマホのタッチパネルが反応しなくなる

昨日からなぜかスマホのタッチパネルが反応しなくなりました。
再起動直後は使えますが、何分か何時間かすると反応しなくなります。

タッチパネルが反応しないというよりかはフリーズに近いかもしれない。
電池の消費が早いので、熱暴走によるフリーズのような気がしなくもなかったですが、再起動しても変わらないことからバックグラウンド等で動いているアプリが要因でもなさそうでした。

なので、最終手段としてバックアップをとって、スマホを初期化しました。
初期化して半日近く経ちますが、今のところ安定稼働してます。

原因はさっぱりわかりませんが、とりあえず解決しました。
このまま様子見です。
ググってみた所、バッテリを外すという方法もあるみたいです。
マニュアルにも外し方が書いてなくて、ググってもあまり書いてなくて、裏蓋を外して取り外すような感じなのでなかなか容易にはできそうにもないですが、次に発生したら試してみます。

スマホ購入して3年以上は経つので、買い替えも検討したほうがよいだろうか。
posted by 士季 at 20:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月10日

平等院鳳凰堂

二条城の次は平等院に行ってきました。
二条城から平等院へは、東西線で六地蔵へ行き、京阪宇治線に乗り換え(ちょっと離れてる)て宇治駅まで行きます。
宇治駅から徒歩数分のところにある。

宇治川を渡ってすぐに平等院表参道があり、抹茶の店が立ち並びます。
そこを過ぎれば平等院に辿り着きます。

平等院鳳凰堂
P1020397.JPG
10円玉の表面に描かれていることで有名。
逆光のために写真では暗くなってしまった。
平等院鳳凰堂は天喜元年(1053)に藤原頼通(道長の子)により建立された阿弥陀堂。
鳳凰堂を正面からみた姿が翼を広げた鳥に見えることと、屋根に一対の鳳凰が据えられていることから、江戸時代から鳳凰堂と呼ばれるようになった。
鳳凰を拡大して撮ってみたのが↓
P1020413.JPG
度重なる戦火や災害もあったが、鳳凰堂だけは残り、国宝かつ世界遺産にもなっている。
パンフレットとかでは阿字池に鳳凰堂が綺麗に映ってますが、少なくとも今日は上手く撮れなかった。
天候なのか時間なのか角度なのか、まあ何かポイントがあるのでしょう。

上の写真でちょっと見える地面のところは鳳凰堂の対岸の凸む(つばくむと読む。凹むの逆)ところがあり、そこが写真撮影スポット。
遠足というより修学旅行っぽい高校生の集団が写真撮影してました。

鳳凰堂の中も見学することができ、20分毎に集団(50名以下)で入ります。
平等院自体は17:30まで入れますが、鳳凰堂の中は16:10までなので注意。
ガイドの人が説明してくれます。
中には阿弥陀如来像とそれを囲むように雲中供養菩薩像52体がある。
阿弥陀如来像は天喜元年に納められ、仏師定朝の作で現存する唯一確実な像。
この阿弥陀如来像を外から拝められるように鳳凰堂の正面に丸く切り抜かれているので、たぶん対岸からも見える。
見えるかなとカメラを向けて見たもののやはり逆光なので見えなかった。

鳳凰堂へは正面右側から入る。
P1020393.JPG

左手側の方も写真撮影スポットになっているようです(集合写真撮っていたので)。
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左側から進んでいくと鳳翔館という鳳凰堂のミュージアムがありますが、その手前に梵鐘がある。
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看板によると、「姿(形)の平等院」として日本三銘鐘の一つに上げられているとのこと。
鐘身にほどこされた装飾が美しいことで有名らしいが、鳴らしてはいけないようです(模造品だから?)。

その鳳翔館でお土産とかが売ってます。
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二条城

伏見稲荷大社の次は二条城に行きました。
京阪本線の伏見稲荷駅からは三条駅まで行って、そこから地下鉄の東西線の三条京阪駅に乗り換えて、二条城前駅までで、30分弱です。
駅から歩いてすぐのところにある。

駅からすぐ見える東南隅櫓
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二条城は慶長6年(1601)に徳川家康の命で築城が始まり、慶長8年に落成、天守は慶長11年に完成した。
落雷やら大火で焼失するものの復旧されたりして、幕末の慶応2年(1866)には徳川慶喜が二条城で15代将軍を拝命され、さらには慶応3年の大政奉還もこの二条城で成された。
天守は伏見城を移築したものですが、寛延3年(1750)の落雷で焼失してしまってからは再建されなかった。
天守は天皇が登った唯一の天守でした。
日本百名城の1つです。

東大手門
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東大手門の前に来た時になんかデジャヴを感じたので、前に来たことがあるような気がした(記憶にはないけど)。
入場券はこの東大手門の右側にある。
伏見稲荷大社と同様、欧米の外国人や小中学生が多かった。

唐門
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唐門は寛永3年(1626)の後水尾天皇の行幸に際し、前年に建てられたもの。

唐門入ってすぐのところに、二の丸御殿
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反対側
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中に入ると、各書院の障壁画や襖絵などが拝める。
狩野派の画で虎等が見れるが、模写とのこと。

二の丸御殿のすぐそこに二の丸庭園
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先に進むと、内堀を超えたところに同じように本丸御殿、本丸庭園がある。
P1020382.JPG
本丸御殿は天明8年(1788)の天明大火で焼失し、幕末まで再建されず、徳川慶喜により住居として再建された。
しかし明治14年(1881)に撤去され、現在のは旧桂宮邸の御殿を移築したものです。
残念ながら入れません。

本丸には天守閣跡があり、天守閣跡から御殿、庭園の方を撮影したのが↓
P1020380.JPG
一周して終わりです。
1ヶ月ほど早い時期だったら、桜の園の方にも行きましたが、今回はなにもないのでパスしました。
posted by 士季 at 14:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伏見稲荷大社

GW中は東北の旅に出かけましたが、仕事を挟んで翌週は帰省してました。
基本的に帰省中は家でゆっくりしているのですが、たまには出かけるかということで京都の方に行ってきた。
まずは伏見稲荷大社。
京阪の伏見稲荷駅から歩いて数分で、こちらから行くと途中に屋台が立ち並ぶ道がある。

まずは楼門
P1020254.JPG
平日に行きましたが、外国人観光客(特に欧米)や小中学生の遠足のためか非常に多かった。
楼門は豊臣秀吉によって大政所の病気平癒祈願のため作られたそうだ(再興と書いてあるのでもとからあったようですが)。

本殿
P1020262.JPG
稲荷大神が稲荷山に鎮座されたのが和銅4年(711)で、秦伊呂巨(具)(はたのいろこぐ)によるとのこと。
ちなみに秦氏は名前の通り、秦の始皇帝の子孫と伝えられ、聖徳太子の右腕だった秦河勝や末孫に長宗我部元親がいる。

この本殿を過ぎると、稲荷山登山になります。
どうでもいいですが、小学生たちが外国人観光客に話しかけてました。
おそらく小学校の課題でしょう。
最近の小学生は大変ですね。

千本鳥居
P1020271.JPG
千本鳥居までは行列が出来てます。
横から見ると、
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狭い間隔で鳥居が並んでいるのがわかります。
光の加減で朱色が映えるんでしょうが、天候によるので運がよければ綺麗な光景が見れそうです(夜とかでもいいかも)。
ちょっと登っていくと、小中学生はほとんど見えなくなるので、行列はなくなりました。
P1020292.JPG
ちなみに鳥居は購入して、奉納することができます。
上の写真では見えませんが、進行方向と反対側に建久された年と奉納した人の名前が刻まれてます。
値段は
5号:175,000円
6号:383,000円~
7号:482,000円~
8号:708,000円~
9号:826,000円~
10号:1,302,000円~
です。奉納場所によっても値段が変わるとのこと。
千本鳥居は5号です。
途中の出店には小鳥居が売っていて、いたる所に置かれてました。
P1020308.JPG
社の後に捨てられてるかのように置かれてるのも。
P1020311.JPG
小鳥居のお値段は、
1号:2,500円
2号:3,500円
3号:5,500円
4号:7,000円
5号:8,500円
6号:11,000円
です。

稲荷山を登っていくと、四ツ辻という分岐点に到達します。
ここからは唯一景色を眺めることができます(なぜか写真撮り忘れ)。
ここには茶店があるので休憩する人が多くいます。

四ツ辻から山頂へ目指すルートは2つあり、右ルート(三ノ峰とかの方)の方が鳥居がよく並んでるような気がしました(こっちの方が鳥居の間隔が狭い)。
そして、山頂
P1020303.JPG
標高233mなのでちょっとした登山ですが、階段の1段1段の高さも低いし、あまりしんどくはない。

鳥居の他にも数多の社や神蹟(祠があった場所)や小さい滝がありました。
野良猫も結構居る。
しくじったのはおもかる石をスルーしてしまったこと(千本鳥居の奥にある奥社奉拝所の奥にある)。

だいたい1時間半ほど見て、最後に伏見稲荷名物?であるスズメの丸焼きを食べました。
食べたところは来る時に通った道の伏見稲荷大社のすぐそばにある「稲富」。
IMG_20180510_115921.jpg
※頭が映る写真もありますがちょっとグロいので遠慮しました。
1串600円。
他にウズラもあり、ウズラはテイクアウト可能で、スズメは店内のみです。
店頭で焼いてます。

さて食べた感想ですが、丸焼きだし、小さいので肉は少なく、骨が多く固い。
肉というよりかは骨を食べてる感じであり、ちょっと苦い。
隣の中学生が言うには、スズメよりウズラの方が美味しかったらしい。

他の場所では食べることがないであろうものなので、一度試しに食べてみてはいかがでしょうか。
私はもう食べようとは思いませんが、機会があれば次はウズラを食べます。
posted by 士季 at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

東北の旅 2018/4/27~30 まとめ

うちの会社では入社してから10年毎に1週間の休暇がもらえるので、GWの翌週をその休暇に当てました(正確には去年支給されたけどまだ使えてなかったので)。
しかし、5/3に仕事を入れられたこともあり、GWは前半と後半に分かれました。
後半は帰省するとして、前半はどこか一人旅に行こうと思い、候補としては四国一周城巡りも考えましたが、季節的にも東北の方がいいかなと思い、東北にしました。
基本的に移動は電車で後は徒歩。
距離によってはバスやタクシーを使用するつもりでした。

福島県は一昨年行ったので、それ以外を考えましたが、山形県だけは交通の便が悪いので外しました。
※ちゃんと調べてませんが、山形県は福島県経由でしかいけず、他は新幹線やローカル線でスムーズに行けそうだったので。
ちなみに電車は新幹線も含め、1時間に1本が基本でした(仙台近辺除く)。

日程は以下です(リンク先はその日の最初の記事)。
4/27 秋田県 
4/28 青森県
4/29 岩手県
4/30 宮城県

それなりに周ったので、書いてる分量は結構なボリュームになってます。

この四日間で歩いた歩数は108,620歩(72.54km)と10万歩オーバーでした。
普段ほとんど歩かないのによくも歩いたもんです。
5/1は足首が筋肉痛っぽく痛かった。
posted by 士季 at 09:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月30日

東北の旅~宮城県その7 白石城

さて、今回の長い旅のラストは白石城。
白石へは仙台駅から東北本線で50分弱です。

白石に着くと、「片倉小十郎と真田幸村の~」と書いてます(~の部分は忘れました)。
片倉小十郎(景綱)は伊達の三傑の一人で智の片倉景綱とも言われ、軍師的存在であり、近習で、政宗の右目をほじくり返したことでも有名な人物。
知恵者が好きな豊臣秀吉が勧誘した人物でもある。
嫡男が生まれた際にまだ主君の政宗に子供ができてないのに先に自分に生まれてしまったのでは申し訳ないということで、生まれた赤子をぶっ殺そうとしたくらいの基地外です。
その息子である小十郎重綱が大阪の陣での猛将っぷり(鬼小十郎と言われた)を見て、真田信繁がこの人物ならばと娘(阿梅)を託した(そのまま嫁に)。
というつながりがある。
なので、白石市?の萌キャラかなんかで阿梅姫が旗で掲げられてました。
ちなみに重綱は超美形だったので、無能で有名な小早川秀秋につけまわされていたとか。

白石城は白石駅から歩いて15分くらいのところにあります。
ちなみに百名城でもなんでもない。
1591年、蒲生氏郷の時代に蒲生郷成により築城される
1598年、上杉の時代には甘粕清長が修築する
1600年、関ヶ原の合戦直前会津征伐で伊達政宗が奪取して、そのまま伊達領となる
1602年、片倉景綱が城主となって、明治維新まで
     元和の一国一城令以降も仙台藩では仙台城と白石城が許される
1868年、戊辰戦争の際に白石城で奥羽越列藩同盟が結ばれる

入場券は城にはいる前の券売機(天守の中でも売ってそうでしたが)で販売している。
百名城でないので、もっとガラガラかなと思ったら思っていたより人が居たのでちょっとびっくり。

城壁
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大手二門
無題.jpg
天守(三階櫓)
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復元天守ですが、全国的にも数少なく木造による復元らしいです。
確かに内部は木造で階建一段一段が高かったような気がする。

天守上からの眺め。
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この日も暑かったですが、ここまで来るといい風が来て涼しかった。

いつのまにか2017年に続日本百名城なるものがあるらしく、さらに100城選出されているようで、白石城はその中に入っているようです。
その他に白石城に隣接して片倉家の武家屋敷もある(行ってないけど)。
さらに近くには片倉家の御所があり、喜多(片倉景綱の異母姉であり、政宗の乳母)の墓や、真田幸村の墓(子供が片倉家に引き取られてたからか)がある。

これで東北の旅は終わりです。
あとは、東北本線で福島まで行き、そこから新幹線で帰りました。
新幹線は17時以降すべて指定席満席だったので座れないかなあと思ったら、自由席はガラガラでした。

さて、この日の万歩計は30799歩(20.64km)でした。
posted by 士季 at 17:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北の旅~宮城県その6 瑞鳳殿

瑞鳳殿はバスでも行けてるーぷる仙台で行くと、仙台城跡より2つ手前(1つ手前は博物館・国際センター前)です。
瑞鳳殿前でも結構人が降りてました。
この瑞鳳殿と博物館・国際センター前の間に前回書いたUターンに近い旧カーブがある。
バス停2つとは言え、結構距離的に離れてる感じでしたが、カーブも多いのでショートカットすれば行けるかなと思い、歩いてきました。
歩いて15分もかからない程度でした。

瑞鳳殿は伊達政宗の霊廟で、二代藩主忠宗によって寛永14年(1637)に建てられた。
やはり戦災で焼失してしまったようですが、復元されたようです。
特にどこにも書いてないですが、「経ケ峯歴史公園」内にあり、瑞鳳殿以外にも忠宗の感仙殿、三代藩主綱宗の善応殿がある。
それ以降の藩主については廟建築はやめて、板石塔婆に雨屋のみとなりました。

瑞鳳殿はバス停からちょっと登った所にあります。
その間に瑞鳳殿とは別に瑞鳳寺がある。

瑞鳳殿はバスでも行けてるーぷる仙台で行くと、仙台城跡より2つ手前(1つ手前は博物館・国際センター前)です。
瑞鳳殿前でも結構人が降りてました。
この瑞鳳殿と博物館・国際センター前の間に前回書いたUターンに近い旧カーブがある。
バス停2つとは言え、結構距離的に離れてる感じでしたが、カーブも多いのでショートカットすれば行けるかなと思い、歩いてきました。
歩いて15分もかからない程度でした。

瑞鳳殿はバス停からちょっと登った所にあります。
その間にややこしいですが、瑞鳳殿とは別に瑞鳳寺がある。
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瑞鳳寺は伊達忠宗により瑞鳳殿が造営された際に香華院(仏前に香や花を供える役割を担う寺院)として創建された。

まずは瑞鳳殿の入り口の涅槃門。
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写真の左下のように無料ガイドさんが居て、ずっと喋り続けています(私が入って出て来たときにもまだ同じお客さんに喋ってました)。
さすがに門からして豪華絢爛。

拝殿
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拝殿と瑞鳳殿の間に橋廊下と唐門があったようですが、今は礎石と鋼板性の門しかない。

瑞鳳殿
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唐門入ってすぐのところにあるので、瑞鳳殿全体を撮るスペースもないし、そもそも人も多い。
政宗は生前、ホトトギスの初音を聞くために、この経ヶ峰に登っていて、ここに墓所を創るようにと遺言したそうだ。
政宗っぽくここもまた豪華絢爛。
瑞鳥とかはともかく、飛天(額縁の下の段の女人?)は仏像的要素もあり現代の感性には合わないかなあ。
ちなみに飛天は建屋一周一マスごとにいるようだ(全周周ってないけど、見た限り全部いる)。
瑞鳳殿の脇にはひっそりと政宗に殉じた殉死者供養塔がある(聞いたことがない人物ばかりですが)。

瑞鳳殿の奥には戊辰戦争弔魂碑があります。
戊辰戦争の際に奥羽と北越の諸藩が「奥羽越列藩同盟」を結成し、新政府軍に抵抗しましたが、その中心的な役割を果たしたのが仙台藩。
ただメインで戦ったのは基本的には北越(長岡藩とか)や庄内藩、会津藩で、残りはあんまり戦ってる印象はない。
比較的あっさりと降伏していたような気がします。
殉難者の内訳が書いてましたが、会津か北越、松前、あと秋田(久保田藩は新政府軍に着いたので)が多く、全部で1260名。
結構亡くなってますね。

さて道順に沿っていくと、ちょっと離れたところに感仙殿と善応殿とその他の碑がまとまってあります。
まずは入って正面にある二代藩主忠宗の霊廟である感仙殿。
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見るまでは政宗と違って地味なんだろうなと勝手に思っていたら、同じように派手でした(瑞鳳殿の形式を踏襲)。
やはり戦災で焼失したが、昭和60年(1985)に再建。

その左手側に三大藩主綱宗の霊廟である善応殿。
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善応殿の正面には宝塔かなにかがあって道幅分しかスペースがなく、全体写真が撮れない。
善応殿は装飾的には他の2つに比べて簡素にしているとのこと(確かに飛天がいない)。
ここも戦災で焼失。

感仙殿の右手側にはその他の藩主の廟である妙霊界廟がある。

最後に書き忘れてましが、瑞鳳殿内に資料館があり、発掘調査で発見された副葬品や政宗含めた三藩主の復元容貌像がある。
伊達政宗の身長は159.6cmで血液型はB型らしい。
現代風の顔立ちと言ってました。
二代忠宗は165cm A型、綱宗は155cm A型とのことです。
政宗は肌色など色彩つけているのに、他の二藩主は銅像のまんまって感じでなぜか差をつかれてます。
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東北の旅~宮城県その5 仙台城跡

お次は仙台城跡です。
仙台城跡へはバスで行きました。
「るーぷる仙台」という見た目がレトロなバスがあります。
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元々市内を走っていた路面電車をモデルして作られているそうです。
平日は20分間隔、土日祝は15分間隔で走っており、1日乗車券もある。
このバスの運ちゃんが添乗員さんのようにガイドしてくれます。
特にマニュアルはないので、運ちゃんの好きなように喋っているみたいです。
なかなかユニークで面白い運ちゃんでした。
仙台城跡までだけかもしれませんが、急カーブが多く、坂道でほぼUターンするような道もあり、結構振り回されました。
仙台城跡までは15分くらいでした。

仙台城は伊達政宗が築城した城で、日本百名城の1つ。
第二次世界大戦で仙台空襲により大半が焼失してしまった。
青葉山上にあるため、地元では青葉城と呼ばれることが多かったけど、仙台城跡で史跡登録されている(看板には本丸が仙台七崎の一つの青葉ヶ崎にあるためとちょっと違う)。
天守はもとからなく、作る計画はあったっぽいが徳川将軍家に遠慮して結局作られなかったとか。

本丸に登ってすぐのところに、小さいですが仙台城見聞館があり、そこには政宗が座った上段の間で飾られてた「鳳凰図屏風」や本丸大広間の再現模型があります。
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本丸跡には特になるかあるわけでもなく、礎石があるくらいです。
そばには伊達政宗の銅像があります。
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あとは土井晩翠が仙台出身なので土井晩翠の銅像もある(荒城の月が放送されてるとか)。

行ってみるといいのが、青葉城資料展示館。
CG映像で仙臺城がどんな姿だったのか見れます。
声優若本規夫(ドラゴンボールのセルとかさざえさんのアナゴさん)がいいナレーションしてくれてます。
仙台城がどれだけ要害だったのか、良い城郭だったのかよくわかります。
戊辰戦争でも戦争の舞台にならなかったので、城としての機能することはありませんでしたが。
CCを見る限りでは、広瀬川の方から見ると要害さがわかりそうな気がします(結局見に行きませんでしたが)。

その資料館の隣には宮城県護國神社がある。
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こっちが結構人が多かった(単純に本丸にはなにもないからかも知れませんが)。
明治維新から大東亜戦争までの戦役で尊い生命を御国に捧げられた郷土出身者の御霊を祀っています(護国神社は全部そうか)。

バスでは本丸のある頂上まで登っていきますが、その道の途中に多数の石垣が見えます。
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バスの運ちゃんの解説によると、東日本大震災のときにこの石垣は全部崩れたそうですが、3年前にやっと手作業で全部修復し終わったそうです。
白く禿げてるところは崩れた時にできたものだそうです。
入り口の大手門跡のところにあるのが脇櫓(再建)。
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この大手門を本丸方面に登らず、真っ直ぐ行くと二の丸で、今は東北大学のキャンパス。
脇櫓の隣(写真で言うとこの奥)が三の丸で、今は仙台市博物館になっている。
そこに伊達政宗の胸像があるけど、完全に見逃した。
大手門の道を挟んで反対側(写真でいうと左側)には支倉常長の銅像がある。
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支倉常長は慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパまで行った偉い人。
アジア人で唯一のローマ貴族らしい。
洗礼名はドン・フィリッポ・フランシスコ(ちなみに大友宗麟は単なるドン・フランシスコ)。
文禄・慶長の役や葛西大崎一揆には武将としても参戦している。
ちなみにローマに行くにはメキシコ経由で行ってます。

それから瑞鳳殿に向かって歩いていきました。
posted by 士季 at 13:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする