2015年10月31日

春秋

ちょっと小難しい話です。

春秋というのは中国の春秋時代の歴史書で、魯という国の年次で記録されたものです(なので編年体の歴史書)。

孔子が編集したものと言われ、儒教の経書(五経)の1つです。

いつも思うのが儒教で儒学という学問なので、宗教じゃないだろうと違和感を覚える。

孔子を必要以上に崇めているという点では宗教ぽいといえば宗教ぽい。

経書というのがまあ聖典で、それの説明というか解釈したものを緯書と言います。

経度、緯度ということからもわかるかもしれませんが、経は「たていと」、緯は「よこいと」のことです。

この春秋というのがもとで、この時代を春秋時代と言います。

ちなみに戦国時代はこの時代の策謀というか縦横家の活躍っぷりが書かれた「戦国策」から来てます。

さて、上記で書いたように春秋が孔子が編纂したというのが一般的に知られていることですが、平勢隆郎「中国古代の予言書」を読んだ結果、どうやら違うようです。

というのもこの春秋時代ではまだ使用されていなかった改元法が使われているとのことです。

最初の史書として「史記」がありますが、これの年月日の整合性が取れないところが数多くあります(議題に上がりそうなのが2900箇所あるとか)。

なぜそんなことが起きるのか?

どうやら2種類の改元法があり、春秋戦国時代の国々によってそれぞれ使い方が異なるとのことで、いろいろごっちゃになったようです。

当たり前ですが西暦とかそんな考え方がないので、各国の史書にはその国のトップが君主についてからの何年という表記になります。

例えば魯の陰公の3年とかといった記載になります(公は爵位で、陰は諡)。

で、2種類というのは即位した年の扱い方で、前の君主が死んだ翌年を元年とする踰年改元法(踰年はゆねんと読み、踰は越すことを言う)、即位した年時代を元年とする立年改元法があります。

史記の矛盾をなくしたり、いろいろ検討していくとどうやら踰年改元法が使われ始めたのが紀元前338年、すなわち春秋時代が紀元前403年までなので、戦国時代に成立した改元法が春秋にも使われているということから、どうやら春秋は戦国時代以降に作られたということになるようです。

そして分析を進めるとどこの国で作られたのか推測できるみたいです。

ちなみに春秋の緯書として3伝あり、春秋公羊伝と春秋穀梁伝と春秋左氏伝があります。

公羊伝と穀梁伝は春秋の字句の解説や解釈で、左氏伝は史実の詳細の補足をしたものになります。

春秋と左氏伝の関係は陳寿の三国志とそれを補足した裴松之の注の関係に似てます。

春秋は簡素すぎますが、左伝による膨大な補足により歴史書としては面白い(オタクにとってはで、一般的には難しいと思います)ので、左氏伝マニアは結構居て、三国時代にも関羽とか晋の統一に貢献した杜預(杜甫の先祖)なんかが居ます。

ちなみに杜預の左氏伝注が今の左氏伝のメインになっていたりします。

で、この3伝も同じようにどこの国で作られたのか推論されてるそうです。

というのもどうやら春秋と3伝は作り的にそれぞれの国の正統性を謳っているものとみなせるからです。

それの推定の仕方は3つの暦(夏暦、殷暦、周暦)があり、それぞれで何月を正月にするかで異なります。

それぞれの国がどの暦を使っているかは日食の年月でわかります。

今の技術ではその年の何月に日食があったかどうかが計算できるからです。

後は君子として誰を扱っているか等から推論しているようです。

結論としては、

春秋→斉

公羊伝→斉

穀梁伝→中山

左氏伝→韓

のようです。

細かいところからここまでわかるとは歴史研究は面白いもんだなあと思いました。

posted by 士季 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史モノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月24日

ボウリングコンペ結果

前にラウンドワンのみんなのコンペに参加してうまいこと行ってスコアが244だったことを書きましたが、その結果が出ました。

どうやら1日1回というだけで何回でも参加できるみたいです。

参加したのは第2回ラウンドワン日本一決定戦。

商品としては以下となる。

・上位入賞(1位~400位)・・・ラウンドワン500円利用券×4枚

・1000位~300000位までの1000飛び賞・・・500円利用券×2枚

・参加賞・・・ラウンドワン100円券

あと同スコアの場合の順位の決め方としては以下の3つの条件で上から順に決まる。

1.ハンデ無しのスコアが高い方が上位

2.生年月日が早い人が上位

3.コンペエントリーが早い方が上位

となる。

ハンデは入賞したコンペ翌日から30日間有効となる(飛び賞獲得者は対象外)。

ちなみに参加人数は60775人。

その中での順位は・・・371位でした。

1位は300(一人だけ)、25位は279、400位は243、1000位は223,1000位は152。

かなりギリギリでしたが、上位入賞しました。

逆に言えば上位入賞しようと思えば、240以上は必要だということです。

まあ、気が向いたらまたチャレンジしてみようかと思います。

ということで今日の結果は以下です。

180、162、205、155、158、145、155、121、164、160、208、174、155、183

スペア58(38%)、ストライク45(30%)、アベレージ166.1

最初は軽く投げて、真ん中は投げ方を模索して、後半は助走スピード重視で投げました。

模索中は助走スピードは普通くらいでスピード出して投げてましたが、全く安定しませんし、何よりスプリットばかりで嫌気が差しました。

ついでにスペアの後にガター2回、ダブルの後にガター1回と散々です。

助走スピード早めで投げると結構安定するし、威力もあるしこっちの方が良さそうです。

ただ、ちょっとしたダッシュなので結構バテます。

また2投目はいつもゆるめの軽めで投げていたのですが、曲がり具合が未だに慣れず、スペアが取りにくかった。

それをスピード出してちょっと曲げる程度の方がコントロールついて良さそうです。

今までそれを避けてたのは皮膚が弱いので、皮がめくれやすいので負担をできるだけ減らしてましたが、なんか大丈夫そうです。

posted by 士季 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

中国史上最強のチートキャラ

今週頭の3連休のうちの日月は徹夜の仕事、そして本日土曜日もめでたく仕事だったので今週は仕事ばかりなので特に書くネタはない。

とは言え、一応最低週1でなんか書くというノルマを無駄に課しているので適当に書きます。

よくよく確認してみると2005年9月12日からblog書いて見るみたいなので、10年と1ヶ月ほど毎週blog書いているみたいです。

今回書くのは個人的に思う中国史上最強のチートキャラについて。

一応チートキャラとはなにかというと、ゲーム用語でその世界において突出した力をもつキャラクターを言い、まるで不正に改造(チート)したかのようなことからチートキャラと俗に言います。

一つの能力に関して突出しているか、全てにおいて超人的な完璧超人かを個人的には思ってます。

三国時代で言うと、武力で言えば呂布、知力で言えば諸葛亮(どちらも演義でですが)、万能で言えば曹操かと思います。

演義しか知らない人にとっては曹操は悪役で結構情けないところが多いですが、生涯の勝率で言えば8割は行ってます。

武の方でも、若いころに兵士が反乱起こしても自分で数十人殺したとか。

文の業績から行っても、儒教一辺倒だった世界に文学を流行らせ(時代名からとって建安文学という)、自身でも素晴らしい詩を作る詩人であり、孫子の兵法書で現存する最古の中である魏武注孫子を出費していたりする。

また碁も強いし、字もうまいし、酒も作るし(上奏文あり)、子沢山だし(息子25人)、まさに陳寿の言うところの「非常の人、超世の傑」です。

さて、本題ですが今回あげたい個人的に思う中国史上最強のチートキャラは誰かというと、漢を再興した光武帝こと劉秀です。

最近(というほど最近でもないが)、宮城谷昌光「草原の風」で劉秀ものを読んだり、それとは別に後漢書の翻訳本を読んだりして、大分劉秀に傾倒してます。

言うまでもないかもしれませんが、劉邦が興国した漢は王莽により乗っ取られ(戦とかせずにスムーズに乗取ったところは非常にスマートではある)、王莽は新という国の皇帝となりますが、失政により各地で反乱が起きて、それに乗じて劉秀、正確にはその族兄である劉玄(字:聖公)が王莽を倒して更始帝となるも、まだまだ群雄が乱立しており、最終的には劉秀により天下が統一されます。

劉秀の凄さの全てを書いたHPがあるので興味ある人はぜひ見てください。

光武帝・劉秀の面白さとは何か

このHPの管理人があげる正義のスーパーヒーローの28の条件を全て満たしているのが劉秀だと言います。

漫画の主人公でよくある条件で、冴えない男だけどピンチの時には強く格好いいし、ユーモアがあってヒロインに対しては単純一途とかいろいろそういう条件が書かれてます。

HPにも書かれているところもありますが、個人的にチートというか気に入っている点をちょっとピックアップしてみると以下になります。

・身長168cm(私と同じくらい)

・挙兵時は馬がなかったから牛にのって登場

・天下分け目の戦い昆陽の戦いで王莽軍100万(実数42万)を3000人で撃破。

・皇帝のくせに最前線で剣をとって戦う(大体は序盤はともかくある程度いったらそういうのは将軍にまかせるものだが、自分で剣をとって戦ってるのは永楽帝くらいか)。

・地方征伐を麾下の将軍に任せていて、その将軍が苦戦していると自ら兵を率いて救援し、撃破している(序列2位の最強の名将呉漢が苦戦する敵でさえ一蹴だから凄い)。

・若いころに「官につくなら執金吾、妻をめとらば陰麗華」と言っており、その陰麗華とちゃんと結婚している(10才年下)。

・少年の頃に予言書に劉秀が天子となると記載があって、誰もがそのときの官僚であった劉秀(本名は劉歆)を噂していたら、「それ、俺のことじゃん」とジョークを飛ばしてたり、どこぞの群雄との戦争中に敵から「匈奴が仲間についたぞ」と言うと、負けずに「匈奴が仲間についたぞ」と言い返したりと面白いキャラ。

・皇帝になっても誰も粛清しなかった。高祖劉邦の場合は力の功臣達がいると子孫たちが危ういと考えて粛清しまくった。

という風にかなりの主人公キャラで非常に面白いのにもかかわらず、劉秀に関して書かれた作品はあまりない。

宮城谷「草原の風」と塚本靑史「光武帝」くらいです。

前者は中盤の昆陽の戦いあたりは最高に面白いですが、いつもの先生らしく尻チョンボのところがあり、後者は超絶につまらない作品になってます。

群雄割拠の乱世なのになぜあまり書かれないのかと考えると、基本劉秀軍以外はあまり目立つキャラがいないためだと思います。

やはりライバルがいないと燃えないので受けないのかと思います。

せめて専門書でもと読みたいところですが、実際これもほとんどなし。

かなりお高い後漢書くらいで、個人的には東觀漢記という後漢書よりもっと細かく書かれた書物があるらしいでのすが、残念ながら邦訳されたものがない。

あとは資治通鑑くらいですが編年体だしそんなに詳しく書かれてないんだろうな(そのうち邦訳版が出るので楽しみではあるが)。

もし宝くじが当たれば仕事やめて、中国語(というか漢文)勉強して中国の史書を読みまくって研究とかできるのに・・・とたまに思う。

この辺は老後の楽しみにしとくかなあ(そんな気力が残ってるといいですが)。

posted by 士季 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史モノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月10日

ボウリング スプリット地獄

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今日もボウリングに行ってきましたが、非常に調子が悪かった?

というかスプリット出すぎてげんなりしました。

それも簡単なスプリットならいんですが、高難易度スプリットばかりでした。

最初の3フレーム目まで連続スプリット出た時にはむしろ全フレームスプリット目指すかと思いましたが、4フレーム目で普通に行った結果、やる気をなくし、危うく100を切るところでした。

7フレーム目で58とかやばすぎでしょう。

なんとか最後の3フレーム頑張って100は超えました、やばいやばい。

スプリットの回数を数えてみると、19回と思っていたよりかは少ないですが、1ゲームあたり3回出たのが4回ありました。

スプリットメイクしたのは3回で、2回は⑥⑩の一番簡単なスプリット、1回は②⑩のちょっと難しいスプリットでした。

基本的にストレートと違い、フックボールはど真ん中に行くとスプリットになりやすいみたいです。

今回は1ゲームの中で前半5フレームが微妙な調子で、終盤ちょっと調子が上がるパターンが多かった。

10フレーム目の無駄なターキーが3回ありました(14ゲーム中)。

なかなか上達というか安定しないのが痛いところです。

ということで今日のスコアは以下のとおり。

134、225、168、167、152、152、168、164、190、118、162、215、140、173

スペア53(34%)、ストライク54(34%)、アベレージ166.3。

あと、前回書いたみんなのコンペは1日1回だけど、毎日参加できるみたいです。

朝の時点では180位くらいでした。

400位以内入れるかどうか、なんとなく入れそうな気がしますが、どうなることか。

posted by 士季 at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高崎 焼きまんじゅう

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高崎の名物といえば、焼きまんじゅうらしいです。

「高崎 焼きまんじゅう」で検索してすぐに出てくる茶々という店の焼きまんじゅうを食べてきました。

高崎駅から数分歩いたところで、東横インの近くです。

小さな店で店内でも食べることができる(4席程度)が、だいたい地元の人がちょっとしたおやつとしてお持ち帰りで勝手そうな気がします。

1串150円で、2串300円分購入しました。

注文するとその場で焼いてくれます。

画像ではわからないかもしれませんが、これはかなりでかいです。

1個辺りが子供の拳くらいの大きさで、お餅くらいの大きさと思ってもらえばよいかと思います。

ということで2串はかなり量としては多いです。

おかげで晩飯いらずでした。

甘辛で濃厚なタレ(水飴+黒砂糖+味噌らしい)で、表面が焼かれているので香ばしくて美味しかった。

高崎へ行くことがあれば行ってみると良いでしょう。

餡入りもあるので、機会があれば餡入りを食べてみたいところです。

閉店が17時なのでちょっと早めに行く必要があります。

posted by 士季 at 17:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする