2013年01月27日

歯磨きの後、口はすすがない方がいいらしい

歯磨きの後は、口をすすがない方がいいらしいです。

というのも、歯磨き粉に含まれるフッ素は、歯磨きするぐらいの短時間ではしっかり吸着しないから。

時間的には数時間くらい必要らしい(子供はダメとのこと)。

といってもすすがないと気持ち悪いし汚いので、2,3回軽くすすぐ位のほうが良さげ。

それが嫌だけどちゃんとしたい人は、デンタルリンスを使うといいそうだ。

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占星術殺人事件

Photo私は基本的に3冊くらい並行して読んでます。

1冊は通勤用でこれは文庫本でだいたい歴史系。

1冊は寝る前または家にいる際に読む単行本で、これもだいたい歴史系。

もう1冊はだいたい風呂に入りながら読んでる電子書籍で、これはだいたい推理小説。

ということで、だいたい歴史小説と同じペースぐらいで推理小説も読んでます。

推理小説なんか読んでると終盤は中途半端にやめられないので、普通に1時間ぐらい風呂に入っていることもあります。

それはさておき、館シリーズの人形館の殺人の中でこの島田荘司の占星術殺人事件が実際にあった出来事(事件)として登場します。

ということで、その占星術殺人事件を読んでみた。

これは1981年の作品であるため、だいたい私が生まれた年代の作品です。

ちなみに館シリーズの主人公格である島田潔は、この島田荘司と占星術殺人事件の探偵役御手洗潔の名前から取っているそうです。

内容としては、昭和11年に占星術と錬金術に凝ったちょっと狂った画家の梅沢平吉が、若い6人の処女からそれぞれの星座に合わせて体の一部分を切り取り、それらを合成して完璧な肉体を持つ女性「アゾート」を作成しようという計画をし、手記に残した。

その6人の女性は自分の娘、後妻の娘、弟の娘。

そして、二・二六事件の日に当人の梅沢平吉が殺され、その後に上記の計画通りに一部分を切り取られた6人の死体が発見されるという事件となり、迷宮入りとなった。

それから40年後の1979年に、うつ病もちの占い師御手洗潔が、友人の石岡和己からこの事件のあらましを聞いて、40年間解かれなかったこの事件を解決しよう事件の調査に乗り出すという話。

解くべきなのはこの事件のトリックとアゾートの隠し場所。

読んでいると、最初に上記の手記が入るのだが、占星術とかがいろいろ入ってきて非常に読むのが辛い。

挫折しそうになる。

途中までは石岡(ワトソン役)から事件のあらましを聞きながら、推理をする。

終盤の最初のほうでなぜか京都に移動し、ちょっとしたヒントを得た御手洗が一挙に事件を解き明かすという流れ。

その事件の解明をする前に著者から「公平を期すためにすべてのヒントを提示した。だから解いてみろ」みたいな感じの挑戦状というべきページが挟まれているのは、なかなかいいと思う。

私はそんな熱心に推理する人ではないので、そのまま読むタイプです。

このトリックは衝撃的なもので、確かに気付きそうではあるんだが序盤でうまくミスリーディングしているのでなかなか気づきにくくしているところが憎らしい。

ただ、なんだかんだで30年前の作品なので似たようなトリックは使われているような気がするので新鮮味は少し薄いかもしれない(金田一少年の事件簿でパクリ疑惑があるらしい)。

金田一もひと通り軽く読んではいましたが、全く記憶になかったので楽しく読めました。

金田一を読んでなければ、かなり面白い部類に入ると思う。

個人的にお気に入りのシーンは、御手洗がホームズを貶しまくっているシーン。

コナンがこれ聞いたらブチ切れるんじゃないかという感じでおもろい。

おすすめの推理小説は?と聞かれた際に多くの人が取り上げる1冊でもあるので、推理小説を読もうと思う人には必須の小説だと言えると思う。

ちなみにこの占星術殺人事件が島田荘司のデビュー作であり、御手洗を本気で理解して演技することが難しいという理由で、島田荘司は今作の映像化を許可していないらしい。

この御手洗シリーズは他にもあるということなので、続きをそのうち読みたいと思います。

posted by 士季 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月20日

手首が痛い

約1月前くらいから左手首が痛い。

左手首の小指側の出っ張ってる骨(尺骨茎状突起)の当たりが少し痛い。

通常時は痛くないのですが、手首を曲げて力を入れた(立ち上がるときに左手をついたり、重い物をもったり、ちょっと重めのドアを押して開こうとするんど)ときに痛い。

ということで、整形外科に行ってみた。

病院行くということで定時退社して、最寄りの駅の近く(うちとは反対側)にある整形外科に行った。

予約してなかったので、1時間ちょっと待たされた。

見てもらったら、炎症かなと言っていた。

診断方法としては痛そうな箇所を押したり、曲げたり、問診したり。

念のためレントゲンを撮ったが、綺麗なもんだということで異常なし。

原因的なこととしては、パソコンのし過ぎ(3時間以上)のようだ。

キーボード打つときにこの辺りの筋肉を使っているから、それの使いすぎ。

まあ、私は仕事柄ずっとパソコン向かってキーボード打ちまくってるし、うちに帰ってもパソコンを使っているのが大半。

なかなか話しやすい先生でよかった。

その後、こんなリハビリあるよということで、2階にあるリハビリルームへ移動。

といっても電極挟んで、軽く電気を加えるだけ(接骨院でよくある)。

ほんのりあったかくもあった。

あんまり効いている気がしませんでしたが。

治療法は今までやってきたのと同じで、湿布はるだけ。

この湿布は薄くて比較的剥がれにくい。

とりあえず医者に行ってから数日ですが、まだ痛い。

すぐには治らんわな。

posted by 士季 at 14:14| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月15日

雪のせいでTVとネットがつながらんかった

タイトルどおりですが、昨日の夕方ぐらいから今日の朝まではネットとTVが全くつながらなかった。

ネットは昨日のうちに気づいたが、今日の朝ニュース見ようと思ってTVつけたら映らない・・・。

関東に来て6年半くらいだが、それまでで最高に雪が降った(7cmとか)。

近所の中高一貫校の送迎バスもしてなかったので、珍しく生徒らが歩いていた。

雪はまだ溶けてないし、今週いっぱいは残りそう。

雪国の人は大変だなあとつくづく思った。

posted by 士季 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月13日

館シリーズ

推理小説として、東野圭吾のガリレオシリーズ、加賀シリーズを読んできましたが次は綾辻行人の館シリーズに手を出してみた。

綾辻行人は新本格派ミステリー作家の一人とされる。

そもそも本格派というのは事件の手がかりをすべてフェアな形で作品中で示し、それと同じ情報をもとに登場人物が真相を導き出すという一般的で古典的な推理モノのことを言う。

日本では1950年代後半以降、古典的なミステリー(豪邸で殺人事件が起きて、探偵が天才的な頭脳で鮮やかに謎を解き明かすようなやつ)とかへの関心が薄れ、こういう古典的な設定での推理小説を書く新人作家があまりいなくなった。

で、1987年に綾辻行人がデビュー作「十角館の殺人」を発端とし、館シリーズ2作目「水車館の殺人」の帯で「新本格」というキャッチコピーが使われ、またこれ以降1990年前半までミステリーの新人作家が相次いでデビューし、作品数も増えて、定着したらしい。

あの西尾維新も第3世代とみなされているとか。

新本格派というのは曖昧なところがあるので、定義自体も微妙らしい。

とりあえずそれの元祖なのが綾辻行人。

館シリーズは現在までに以下の9作あり、2012年2月時点で累計409万部も売れている。

十角館の殺人

水車館の殺人

迷路館の殺人

人形館の殺人

時計館の殺人

黒猫館の殺人

暗黒館の殺人

びっくり館の殺人

奇面館の殺人

これの人形館の殺人まで読んだ。

一応、主人公かと言われると断言はしにくいが毎回出てくる探偵役的存在が島田潔という。

30台後半の寺の三男坊の推理小説好き

この館シリーズの醍醐味は終盤に来るどんでん返し。

読んでいくうちに推理するけど、終盤で覆されるという。

一作目の「十角館の殺人」で終盤のたった1行でかなり覆され、その1行に興奮しまくるレビューが多くある。

かくいう私もその一行には参った。

それを推理するのは無理だと、面白かったけど。

とくに私は電子書籍用にページの端の空白をとるような処理をしていたせいかわかりませんが、その一行がやたらとでかく表示されていたので、より効果的だった。

で、古典的ミステリーということで孤島とか密室殺人とかあるわけだが、この館を建築した中村青司がからくり好きで、主の許可なくこっそり秘密の通路を設けているという設定返しとこまではいかないが、卑怯な設定もある。

だからある程度読んでいくと、もうひっかからないぞと身構えて読むし、密室殺人とかあんまり意味ないよなハハンと思えてくる。

しかし、その予想も著者の想定済みなのかその思惑もひっくり返されてしまうという手の込み用。

ということで凄まじく天才的な推理というよりも著者のフェイクにひっかからないように読もうと試みてしまう、ある意味、読者VS著者的なところもある面白い推理小説である。

posted by 士季 at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする