2009年11月22日

武田勝頼

Photo 新田次郎著「武田勝頼」を読みました。

武田信玄を読んだ後にそのうちに読もうと思っていたら新装版で店頭に並んでいたので買ったものです。

武田勝頼と言えば、武田信玄の後継者で最強の騎馬兵団を持っていたのに、長篠の戦で織田、徳川連合軍に鉄砲で破れてしまった人物。

鉄砲が待ち構えているのに馬で突っ込んでいった凡将のように見受けられる。

しかし、武田信玄が落とせなかった高天神城を落としているところから見ると、そこまで凡将でないような気がしていまいち実力がわからない人という印象だった。

武田信玄を読んだ後に考えたときには、人を見る目がある武田信玄に1軍を任されているところを見ると、どう考えても凡将には私は思いました。

将としては優秀でも将の将としては駄目だったのかと考えました。

そんな考えのもと、武田勝頼を読みました。

読んだ印象としては、悪かったところのほとんどは武田御親類衆、特に穴山信君のせいにしているように見受けられます。

若くして頭首になったから、年長の親族に対しては頭が上がらなかったことと、武田信玄が後継者として勝頼を育てていなかったから親族が頭首としてなかなか見なかったことはありえそう。

特に穴山信君なんて最後には裏切る男だから、武田家が滅亡への道への分岐点においては、すべてこいつのせいにしている。

逆に真田昌幸(幸村の親父)はすべて適切な進言をしているところは持ちあげすぎなような気もしました。

もともと優秀であったし、最後まで武田に忠節をつくしたからでしょうか。

基本的に武田は、第4回川中島の戦で信玄の弟信繁・山本勘助や、長篠の戦(正確には設楽原の戦か)で武田四天王の3人、山県・馬場・内藤と優秀なやつが盾となって死んでしまっているのが痛い。

勝頼自体は悪いところは全部武田御親類衆のほうにもっていったせいもあるが、これといって光っているところがなかった。

御親類衆の意見には逆らえず、自分の意思を貫けない決断力のない人物に思えました。

たしかにこの本を読むことで、勝頼が愚将ではないことをあとがきにあるように弁護できていたとは思いましたが、勝頼が実力があったかどうかはやはりまだよくわかりません。

もう少し武田信玄が長生きして、将として活躍し御親類衆や信玄以来の家臣団に実力を示せて入れば、全然違ったんでしょうねえ。

最近、結構戦国時代の小説を読んでいるせいか、だいぶ分かってきたような気がします。

あんまりわかっていなかったころに宮城谷氏の「風は山河より」「新三河物語」を読んだので、いまいちわからなかったところがあるのですが、今読めば新しい発見があるかもしれない。

少なくとも「武田信玄」「武田勝頼」を読んだときの菅沼定盈や大久保忠世の印象は大したことない感じなので、もう一度ちゃんと読んでおきたいと思います。

posted by 士季 at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月20日

第3期肉体改造計画part2 3日坊主中

表題のとおり、3日坊主中というより、2日やって止まってます。

というのも2つの要因があります。

1つは仕事が忙しくて、だいたい24時くらいに帰ってくるので風呂入ってすぐに寝るという生活が今週続いたから。

まあ、これはいうほど大した理由でもない。

2つ目はすさまじい筋肉痛に襲われているためです。

日曜日に腕立て伏せをやって、その次の日はまだ筋肉痛が着てなかったので、仕事から帰って腹筋をやった。

そして、就寝して何時かわからないが痛みで目が覚めた。

両肘(正確には肘より少し上)が異様に痛かった。

それくらい痛いかと言えば、パンを食べようとパンを口に近付けたら痛い。

ちょっと重めのドアを開けようとして腕を曲げた状態から押すとしたら痛い。

顔洗うのも痛い。

とにかく肘を曲げる行為は結構痛いのです。

なかなか厄介で、ちなみに今もだいぶましにはなったが痛いです。

原因としては腕立ての回数というよりは、速さでしょう。

30秒で50回もやるのは、最近腕立てをやってないどころか、ろくに腕の筋肉を使っていないやつにとってはすさまじい負荷だったのだろうと思います。

ウォーミングアップなんてやってませんし。

次から腕立てをやる時はもう少しペースを落としてやろうかと思います。

一応、この痛みがとれたら腹筋→スクワットと一日ずつやってから腕立てをやろうかと思ってます。

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2009年11月15日

第3期肉体改造計画part2開始

特に新型インフルエンザにかかっていなさそうなので、本日から始めました。

とりあえず初日なんでここに書いときます。

記録はまたそのうちHPにでも載せようかと思います。

3分間腕立て伏せをやりました。

最初の30秒で50回

2分までの1分30秒で20回

最後1分で7回

の計77回できました。

全盛期が150回だからその半分75回程度できればいいなあと思っていたらそれくらいだったのでなかなか満足です。

最初の30秒で50回もやったので、残りの2分半は結構きつかった。

もう少しペース配分を考えたらできるかもしれないが、今後もこのペースでいきます。

運動後にココア味のプロテインを牛乳に溶かして飲もうとしたら、結構固まって残ってしまった。

今度からは運動前にHOTで作って、さましておこうかと思います。

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2009年11月09日

第3期肉体改造計画part2

さて、小山での仕事が忙しすぎて中断していた肉体改造計画を再開しようかと思います。

しかし、小山が終わって横浜に帰ってきても、依然忙しくて家に帰ってくるのが、早くて22時、遅くて23時半といったところです。

そういう事情なのであんまり時間をかけたくないと思い、筋トレの時間を決めてやろうかと思いました。

筋トレをする時間は3分。

はるか十数年前にはやった筋肉番付の3分間腕立て伏せ等をやろうかと思ってます。

基本的にこれは最初の一分間くらいはほぼ全力のスピードでやって、後はできる限り頑張るというやつなので、ある意味ファーストトレーニング→スロートレーニングになっているので、以前に紹介した第3期肉体改造計画と合っている。

また、これで回数をカウントしていけば、成長具合がわかり、筋肉がついてきたことがよりわかるようになるのではと思います(ペース配分を覚えるだけでも回数は増えるでしょうが、それは無視)。

ちなみにはやっていたころの私の最高記録はなんだかんだで150回以上はできていました。

腕立て伏せ以外の腹筋(普通の腹筋は嫌いなので、V字腹筋)とスクワットは、最初の一分は全力でやって、残りの二分は超スローペースでやろうかと思います(回数は特に数えない予定です)。

なので、やり方としては

帰宅後バナナを食べる→2,30分後くらいに3分筋トレ→そのあと、すぐにプロテイン入りの牛乳を飲む→シャワー浴びる→柔軟

で、筋トレの内容は一日の一種類で、腕立て→腹筋→スクワットの周期で実施しようかと思う。

この計画を本当は今日からやってもいいような気がするのですが、

うちの課長が新型インフルエンザにかかってしまい、私は新型インフルエンザの濃厚接触者ということになってしまい、ある意味要注意人物になってしまったので、一応今週はひかえておこうかなあと思います。

ちなみに今のところ、私にインフルエンザの症状はありません。

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2009年11月08日

高橋紹運 戦国挽歌

Photo 高橋紹運(たかはしじょううん)は、戦国時代九州の大友家に仕え、立花道雪とともに大友家の双璧と言われた人物。

秀吉により、本田忠勝とと無双と並び称された立花宗茂の実父。

島津軍五万に対して753名で玉砕した。

というところまでは知ってました。

どんな人物だろうと思い、読んでみた。

もともとは大友家の名家、吉弘家の二男で、吉弘鎮理(よしひろしげただ)。

この時代の人はほとんどの人が名前変わるからなかなか厄介です。

読んだ感じでは、兄(吉弘鎮信、彼も優秀だったようだ)が選んだ嫁さんが痘瘡にかかって醜くなったから断ってくれてもいいと行った嫁の兄(斎藤鎮実、鎮信の親友)に対して、「武門の名家斎藤家の血筋をわが子孫に受け継がせ、また兄が約束したことである。容姿のみで婚儀をするわけではない」、龍造寺家や島津家が勢力を伸ばし落日の大友家から降伏するものが続出する中で、怯まずに大友家の今までの厚恩に報いようとする姿からは信義に篤い将であったと思う。

逃げ出す時間も合ったのに、逃げずに主とともに死のうという士が753名もいたところもあり、カリスマ性があり、統率力が優れていたのだろうとは思う。

ただ、戦とかで活躍するシーンがほとんどないので、本当に名将だったのかよくわからない。

最後の籠城戦で、島津側に5300名もの死傷者を出したのだから名将と言えるだろうか。

また、この小説の大半は龍造寺隆信の躍進など、高橋紹運とは直接は関係ない九州勢の説明であるため、高橋紹運としては内容が薄いような気がする。

高橋紹運スゲーと言うよりは、龍造寺隆信ヒデーという印象のほうが強い。

ちょっと期待外れ。

この小説の著者西津弘美氏の作品には立花道雪と立花宗茂もあるが、どうしようかと思っているところ。

堂門冬二の立花宗茂を読もうか、悩み中です。

posted by 士季 at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする