2009年08月30日

史記 -武帝紀- 2巻

_ 北方謙三著の史記の2巻です。

そういえば1巻のことは書いていなかったようです。

史記に関しては徳間文庫のものを全巻持っていますが、ちゃんと読めていません(というより徳間文庫のやつは全文載っていなさそうなので、ちくま文庫のやつも買いたいなと思っていたりします)。

史記の時代の知識は、横山光輝氏の漫画「史記」と宮城谷氏の作品といったところから、漢以前のことはだいたいのことは知っていると思います。

ただ、前漢成立後、特に劉邦の死後くらいからは結構あいまいです。

そんな中、この史記はいきなり武帝から入ってます。

私の武帝に関する知識としては、高校時代の世界史の授業で学んだ、

匈奴征伐に貢献した衛青、霍去病(歴史上の人物なのに一発変換されない)、西域への使者張騫(一発変換される)、儒学を国学に推し進めた董仲舒(一発変換される)、史記の司馬遷、鉄塩の専売制云々

といったところです。

上述したとおり、この辺はあまり知らないし、特に衛青、霍去病の活躍なんかは非常に興味深い。

実際にこの史記では衛青、霍去病(2巻から)の活躍が結構かかれているので良い。

北方氏の作品はなんとなく敵をなんかちょっと強めに書いてそうで、衛青とかやられて死ぬのではとなかなかハラハラさせてくれます。

また、この時代には李広将軍が出てきます。

李広といえば飛将軍で、呂布と比せられた将軍なので、めちゃくちゃ強かったのではと思っていました。

そんな印象をもったまま、この史記を読むと・・・あれっ

もう結構な御年なのでしょうがないかもしれませんが、という印象です。

こういう戦争の話と、張騫の苦労譚もあり、ところどころ武帝と文官のやりとりもあり面白い作品です。

2巻からは司馬遷も出てきました。

今後も期待です。

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2009年08月23日

第2回三国志検定の1級問題

そういえば、第2回三国志検定がとっくの昔に開催されていたのを忘れていた。

1級が論述問題ということから諦めたのですが、問題だけでも見ておこうとググった。

5問のうちから2問選んで、それぞれ600~800字で論じろという(制限時間は1時間)。

1時間で1200文字以上ですか・・・無理!

とりあえず、問題は

  1. 歴代中国王朝の人口の移り変わりの表を示すのでこれを用いて諸葛亮の北伐が成功しなかった理由を論じなさい
  2. 漢帝国の国家支配理念を絡めて曹操の人材登用について述べなさい
  3. 土地支配制度と関連させて司馬懿が権力を掌握していく流れを述べなさい
  4. 曹丕の「典論」序段を見せて、文学について述べなさい
  5. 三国志演義が成立する前の、講談としての三国志の盛況振りを示す文章を見せて、三国志演義の成立について述べなさい

とのこと。

1.なんて蜀の人口が少ないからの一言で終わりそうな勢いだ。

2.後漢創立者の劉秀は才能あるやつより孝行もの方が役に立つといって孝行ものを推挙せよみたいな方針があり、そのうち順帝?くらいからかそんなもんより自分の世話をする宦官の方が自分を助けてくれたみたいな感じで宦官が朝廷を占めるようになった。そんな中曹操は唯才で不仁不孝なんのその、才能さえあれば・・・のうんぬんを書いていくんでしょうか?

他のはほとんど書けそうにありませんねえ。

これを1時間で2問は無理。

暇があれば(いまはないけど)、もうちょっと勉強して考えてみようかなあと思う。

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2009年08月22日

世界陸上ベルリン:やり投げ

明日も仕事だし、そろそろ寝るかと思ったら世界陸上でやり投げの予選を放送しだした。

眠るに眠れない。

やり投げの紹介にて、世界のやり投げはイケメン揃いだそうです。

意外にもやり投げ選手は他の投擲選手に比べて痩せている選手が多いのです。

私を知っている友人からすると笑えることでしょう。

基本的にデブで強いやつなんか見たことがありません。

実はやり投げという種目は肩が強くなければと飛ばせないように思っている人もそれなりにいると思いますが、スプリント力があれば意外にそれなりに飛びます。

むしろ世界レベルだと速さと肩の強さが必要なんでしょう。

ということで世界レベルのやり投げ選手はスマートな選手しかいないと思います。

やはり見ていたら、ものすごく楽しそうだ。

躰が疼く。

一般人がやり投げをやる環境がないのが悲しい。

幅跳びなんかはあるからうらやましい限りです。

私が現役のときから名が売れていた?村上氏が1投目は私から見てもひどかったのですが、2投目はすごかった。

まさか予選通過ラインの82メートルを超えて自己ベストを3メートル以上更新とは・・・。

ちょうど10年くらい前、大阪インターハイ高校2年のころの全盛期を思い出してしまった。

同じように喜んでましたね。

基本的に大舞台で自己記録を更新するような日本人をあんまり見た覚えがないので、日本人は調整下手なのかと思ってましたが、やってくれました。

とにかく凄い。

というか、何か知らんがうれしい。

彼はボール投げたら150メートル投げる肩を持っているそうです。

また、世界陸上のホームページでリプレイの動画がアップされるだろうから明日にでも見るとします。

posted by 士季 at 02:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月16日

それからの三国志

Photo_2 三国志ものとしては珍しい孔明の死後から三国統一までの小説です。

著者は内田重久という小説家というより通常の会社員の三国志ヲタクで孔明の死後の話を誰も書いてくれないんで自分で書いちゃえという感じで自分で研究し、小説を自費出版したという方のようです(私見です)。

たしかにほとんどの小説はせいぜい孔明の死までしか書いてません(三国志演義は当然一応最後まで書いてますが、盛り上がりに欠けます)。

なぜ孔明死んだ後が書かれないのか。

それは三国志前半部に比べたらキャラが小粒だからです(魅力が薄い)。

しかし、この著者はスケールが小さくなっても、天子も将軍も軍民もあって、それぞれがそれぞれの立場で必死になって何事かを為している、それを物語風に書きたいという気持ちに駆られてペンを執ったそうです。

たしかに私のように三国志系のものを読みまくっている人間でも孔明死後の話に関しては印象は薄いし、それほど知識も深くない。

ということもあって、こういう本を待っていたとも言えます。

孔明死後の話でほとんどの本ではせいぜい蛇足程度であまり書かれてないのに、この本はそれだけで500ページもある。

基本的に全体的に書いてはいるが、主人公は間違いなく姜維です。

まあ、孔明死後の話を書くとしたらこの人しかいないですね。

姜維は民を顧みず、北伐をしまくったので評判は悪いのですが、ある意味「義」の人なので主人公としてはもってこいと言える。

小説の中身の方は戦争ばかりというわけではなく、当時の政治や思想、どんな女性がもてたかまで書いてくれている。

ちなみにスタイルは細めの曲線美がよかったようだ。

それよりも頭のいいやつを選ぶ傾向もあったそうだ(孔明とかもそう)。

という感じで非常に勉強になった。

やはり前半部に比べたらキャラが小粒ではあるが、それぞれのキャラの性格もわかり、非常に面白いが、こいつは・・・ていうキャラはいない。

だいぶ前半部に比べたら陰湿なやつが多いので、なかなか馴染まない。

漢の最後のように三国ともに宦官が国を誤らせている。

また、個人的には姜維の死後、羊祜と陸抗の敵同士の友情?の話とか杜預の破竹の侵攻とかも書いてほしかった。

この本では姜維の死後を蛇足のように書いている。

兎に角、よくも会社員をしながらここまで研究したものだなあと尊敬します。

ある意味、こんな生活をやってみたいのだが残念ながら文才がないのが悲しい(老後にはいいかもしれませんが)。

posted by 士季 at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月15日

小山城址公園

Hi3e0004_2久々に土曜のお休みをもらったので、小山城址公園に行ってきました。

小山駅西口を出て数百mぐらいのところにあります。

ちなみに少し前に小山市の羽川というところで、14歳の女の子をホステスとして働かせていた事件がありましたが、うちのレオパレスから2kmくらいのところにあったりします。

宇都宮城址公園のように城っぽいものがあればよかったのですが、残念ながらありませんでした。

基本的に空堀くらいです。

ほとんど普通の公園で、日当は暑いのですが、日陰は涼しくのんびり過ごすにはなかなかいいところです。

小山城は祇園城とも言われていて、南北に長く、西側は思川(おもいがわ)の侵食により崖となっており、天然の要害としてうまく利用されていたとのこと。

小山城は上杉氏やら北条氏は攻め込まれて、北条氏照により落城した。

やがて、北条氏も滅亡して江戸幕府成立後は本多正純が3万石の城主となったが、後に正純も宇都宮に転封となり、廃城となったと説明に書いてました。

左上の写真は小山市指定文化財(天然記念物)の公孫樹(イチョウ)です。

公孫樹というのはイチョウの漢名。

このイチョウは2世紀前にすでに古木として記録されているぐらいに古い木だそうです。

高さは15メートル。

また、このイチョウには伝説があり、祇園城落城の際、古井戸に身を投げて亡くなった姫君の霊が、傍らのイチョウに宿り、実を結ぶことがないというものがあり、そのため「実なしいちょう」とも呼ばれているそうです。

秋には黄金色に染まって美しいのでしょうが、今は思いっきり緑です。

090815_135401最後に左の写真の川が思川。

先週の土日はこの近辺で雨の中、花火大会があり、その地響きがうちのレオパレスまで響きました(その途中で震度4の地震もありましたが)。

うちは1階ですが、よく見えました。

posted by 士季 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史モノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする