2008年12月29日

三国志学会

Photo_3 三国志検定を受けたときに三国志学会入会の誘いというチラシがありました。

三国志学会は2006年に設立された学会で、年に1回の大会と年に一冊の三国志研究の発行を行っているそうです。

研究者だけでなく一般のマニアも入会できます。

年会費は2000円です。

ということで、申し込んだら左図の三国志研究第3号が入って送られてきました(ちにみに定価1500円と書いてある、それも間違って裏側を撮ってしまった)。

申し込んだだけで入会できるわけでなく、郵便振り込みして初めて入会となるそうなので、ぶっちゃけ入会しなくてもこの冊子はもらえます。

まだ、あまり読めてないのですが、韓国における三国志演義の伝承と受容に関する考察という項目がありました。

中国で三国志演義が出版された同時期にはもう韓国に入っていたと考えられていて、19世紀には人気のある部分だけを選んで改作されたりもして、三国志演義と内容が変わってしまった「三国誌」や趙雲主人公のやつもあったそうです。

最初を読んだ感じではそんなに難しいことが書いてあるわけでもなく、一般のヲタクでも読めそうです。

リンク:三国志学会

2008年12月25日

ボウリング200越え:5回目

Bowling200_5_2




2006年12月10日ぶり横浜かつマイボールでは初めてのボウリングで200越え。

マイボール買ってからはほぼ毎週行ってます。

マイボールでのフックボールになかなかコントロールが定まらなかったのですが、力あまり入れずに投げたらこんな感じのスコアがでました。

もう少し慣れたらもっと行きそうな気がする。

posted by 士季 at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月23日

諸葛孔明

陳舜臣「諸葛孔明」を読みました。

正史三国志ベースに書かれているので、奇略を用いた軍事の天才ではなく、名宰相として描かれてます。

三国志検定前に読んでおくべきだったと思います。

というのも作品中に検定の問題に関わることが何個かあったことです。

例えば、私が間違った孫権の将軍号が討慮将軍であったこととか、劉焉が頼った兵が東州兵(これは知ってましたが)であったとか。

北伐中に武都、陰平郡を落としたのはという問題がありました。

私の記憶では陳式が攻撃すると、郭淮が来たので、孔明が応援に行くと、郭淮が引き上げたため2郡は落ちたとあった。

少し曖昧で、陳式って演義の影響か大したやつじゃないので、他の武将が落としたか孔明と共に落としたのではと思い、適当に馬岱を選んだ。

三国志の孔明の項を見ても上のような展開で陳式が落としたとは書いてなかった(攻撃したんだからそのまま落としたと考えるべきなんでしょうが)。

それはともかく、正史三国志を年を追って見れた点でもこの本はよかった。

もっとみるなら、同氏の「秘本三国志」を読んだほうがいいのでしょうねえ(そのうち読みますが)。

これを読んで涙しないやつは人じゃねえと言われた「出師の表」の訳が書いてあったり、呉があんまり勢力を拡大できなかったのは人口不足であったこととか、南征の方にも工夫がありました。

高校のときなんかで(少なくとも出師の表ではなかった)危急存亡の秋と出てきてなんで秋をときって読むのだろうと疑問に思ったという懐かしい記憶が蘇りました。

そういえば検定で出師の表の中で劉備が死んだことをどう記したかという問題があり、崩御とかそういう選択肢があり、よくもまあ答えの崩殂(ほうそ)なんて知ってたなあと自分でも本当にヲタクだなあと思いました。

演義の完璧な孔明に飽きた人には良い作品だと思います。

孔明は戦略家としては優れているが、戦術家としては2流以下なのかなあ(少なくとも法正の方が優れてそう)。

知名度はともかく実力としては、楽毅は無理でも、管仲には比肩できているでしょう。

三顧の礼の場面はトントン拍子に行っているために、この場面は宮城谷氏の「三国志」の場面の方がいいかもしれない。

宮城谷氏の三国志では、劉備の遺言のシーン、出師の表、孔明の死のシーンをより感動的に描いてくれればと切に願います。

posted by 士季 at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月19日

ベンチコート

Photo 箱根駅伝ベンチコートを手に入れました。

楽天かなんかのオークションでは25000円で落札されてました。

ちなみに私の場合は読売新聞をとってあげたらもらえました。

posted by 士季 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月15日

第1回三国志検定追記

わからなかった問題を思い出したので、追記します。

Q.曹操が献帝を迎えたときの荀彧の官職は?

私の答え→侍中・守尚書令 正解→同左

尚書であることは蒼天航路から覚えていたが、録尚書事でないことはわかった。録尚書事は結構な職務を任されている。例えば、蜀では丞相は孔明だけであることから、孔明死後の最高職は大将軍兼録尚書事ということで、軍務および内政を取り仕切っていた。

荀彧の問題が5問ほどあった。

Q.党錮の禁を免れたのは?

私の答え→劉表 正解→同左

なんとなく劉表だった気がするで選んだら合っていた。

Q.屯田制を受け継いだのは?

私の答え→占田・課田制 正解→均田制?

Wikipediaで調べた限り、均田制っぽいが、選択肢にあったかどうかもうろ覚え。

Q.曹操が尊敬し、度遼将軍として活躍し、三公を歴任したのは?

私の答え→橋玄 正解→橋玄

選択肢が橋玄、馬融、鄭玄、蔡邕で、最後3人は学者なんで、違うだろうという判断。

→陳舜臣「諸葛孔明」より

県の功曹(下っぱ役人)のときに羊昌という高級官僚の悪事を告発し、周景(周喩の祖父の兄、太尉)の援助によって、一党を処罰したことで、一躍有名となった。その後、度遼将軍、河南尹(洛陽長官)を経て太尉に昇進した。

Q.五経はどれか

私の答え→春秋、尚書、周易、詩経、礼記?

正解→よくわからないが、上のやつはWikipediaの五経で載ってました。

Q.曹操の詩でないのは?

私の答え→帰去来辞? 正解→同左

短歌行、苦寒行は有名だから知ってる。帰去来辞は聞いたことがなく、蒿里行はなんとなく見たことがある気がした。調べたら蒿里行はあったので、たぶん正解。

帰去来辞は陶淵明がすべての官職を退けて田園に生きる決意を語った詩だそうです。

Q.孔明が赤壁前に呉の臣を論破する際に出した田横はどこの国の人か?

私の答え→斉 正解→同左

このことから孔明は田横を尊敬していると判断して、宮城谷昌光氏は田横主人公の香乱記を著したんだと思います。 最後のシーンは素晴らしかった。

こんな感じでなんとなくで選んだのが結構合っているので、希望が持てました。

追記の追記

孔明の羽扇の材料は鷹のようです(よくわかりませんが)。

また、三国志検定のHPを調べたら合格点が70点以上と合ったので、おそらく合格できるでしょう。

posted by 士季 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする