2006年01月28日

チャングムの誓い

D6ptujr1  今まで、韓国のドラマなんか見たこともなかったのですが、ついに見るようになってしまった。
それはチャングムの誓いという韓国時代劇ドラマ。
元々、私の親父が見出してしたのを私も見てはまってしまったという感じです。親子共々歴史ものが好きなので。

チャングムが誅殺された母の夢であった最高尚宮(チェゴサングン)になることを目指し宮女となり、宮廷料理人となるが、対立派閥により結局追放され、奴婢にされる。
その後、奴婢でも宮廷に入れる可能性のある医女(当時、医者の身分はかなり低い)になり、ついに宮廷屈指の著名な医女になっていくという話。

個人的にはかなり面白いドラマです。現在金曜日の23時から24時まで2chで吹替え版でやってます。
私はケーブルテレビで医女になった後から見たことがあって、それではまりました。
posted by 士季 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史モノ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏草の賦

Movtogyw 前回、功名が辻を読んだので、今回は夏草の賦。

長宗我部元親は土佐出身なので、猛将の類かと思っていたら、智将だったのですね。
立場的にも毛利元就と同じ立場で、土佐の1郡の領主の立場から土佐ついで四国を統一。
四国統一後、秀吉と対立するも、軍事力が圧倒的に及ばずに降伏。結局、土佐以外は没収される。
後年、秀吉の命で九州征伐の先陣を努め、無能な指揮官仙石秀久の無謀な戦いで島津軍に敗退し、有能な嫡男の弥三郎信親を失い、ついでに正室の奈々まで死んじゃってやる気なくして結局61歳で死去(山内一豊と千代も61歳で死去)。
完全にやる気がなくなったため何も言わずに死に、長宗我部家は関ヶ原の戦いで石田側についちゃって、結局土佐は山内のものになってしまった。
で、大阪の陣で後を継いだ長宗我部盛親も死に、滅亡。

策士としては、万全になるまで手を尽くすタイプ。自分を臆病者だと称し、信親に大将たるもの臆病でなければならないことを説いた。というのも臆病者だからこそ、念には念を入れ、必勝の状態になるまで戦わないから。だから100戦100勝できるというもの。と、いいつつも信長や秀吉の四国討伐に対して思いっきり対抗する(負けるのは必須なのに)ような豪胆さも持っているなかなか面白い漢。
田舎兵法ながらも、頭のいい戦略家でした。

次は、大阪の陣のことを読もうと城塞でも読もうと思ったら下巻がないので、先に国盗り物語でも読もう。斉藤道三だ。

posted by 士季 at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月20日

功名が辻

Dqxpfsq_  今年の大河ドラマは功名が辻ですので、原作全4巻を読み終えました。
少し、大河ドラマの方は原作と違いますね。原作は一豊と千代の結婚からだし。

功名が辻は、戦国時代に単に生真面目だけがとりえの非凡な凡人な武士山内伊右衛門一豊が土佐24万石の大名になるお話。主人公は妻の千代だけど。
一豊はほとんど何の功績もなく(朝倉の三須を倒したぐらいか)、地道に可でも不可でもない功績を積み上げただけ。ただ妻の千代に巧みに誘導され、天下の覇者秀吉、家康に仕えたがため、土佐24万石の大名になれた。
最後の関ヶ原の戦い前に密書を家康に渡したのも千代の知恵、掛川城を真っ先に家康に明け渡したのも他人の意見のパクリ。
この2つの功積が家康に高く評価され、土佐20万石が与えられた。
分不相応にも、土佐24万石の大大名になったがためにビビって、元長宗我部の部下(一領具足)にひどい仕打ち。これが坂本龍馬ら郷士が人間として扱われなかったもとになったのだろう。
器の小さい人間が人の上にたつことの悲惨さが現れた作品でした。

それに比べて千代は賢過ぎです。一豊が大名になれたのは100%千代のおかげ。間違ってもこんな女房、私は欲しくないです。縁の下の力もちどころか、劣等感感じまくりでやってられないでしょうねえ。完璧すぎて嫌。才色兼備、すべてを持ち合わせた女性です。

この前に読んだ司馬遼太郎の作品は「義経」で全然面白くなく、途中で読むのを止めたのですが、功名が辻は面白かったです。一読する価値あり。
次は、夏草の賦を読んでます。これは四国の雄、長宗我部元親の話です。

posted by 士季 at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

お年玉

 今日、M2の先輩からお年玉の語源について調べろという命令が下ったので調べてみました。

昔は正月行事として「歳神(としがみ)」を迎える祭りがあり、門松をたてて鏡餅を供えていたそうです。
お年玉の語源は、供えた鏡餅をお下がりとして子供たちに食べさせ、「御歳魂(おとしだま)」と呼ばれていたということに由来する説がある。
また、この餅が年初に分配されることから、年の初めの賜物(たまもの)で「年賜(としだま)」が変化したとする説がある。
年玉の習慣は中世にまでさかのぼり、主として町人は扇、医者は丸薬を贈った。
旧正月(立春前後)に子供に金銭などを与える風習は中国、韓国でも見られる。

歳神について
歳神は毎年正月に各家にやってくる来方神である。年は稲の実りつまり、穀物神のことであり、年の初めにその年の豊作を祈るようになり、年神を祀る行事となって正月の中心行事となった。
門松は年神が来訪するための依代。
鏡餅は年神へのお供え物。

参考:語源由来辞典

話は変わりますが、中国語では会社名「ライブドア」の発音に合わせた漢字をあてることが難しいため、「活力(live)門(door)」と表記。中国語で読むと発音は「ホリエモン」となる。
調べてみると、活(huo)力(li)門(men)でした。
posted by 士季 at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

初詣

5db7s20v 遅ればせながら、百舌鳥八幡に初詣に行って来ました。
さすがに人は元旦に比べたら少なかったのですが、まだそれなりにいました。
出店もあって、色々と食べたかったのですが、まだ風邪が完治していないのか食欲がなかったので食べれませんでした。

私は今年が厄年なので、おみくじを引きました(全然関係ないけど)。
11月23日に行った善峰寺でおみくじを引いたときには大吉がでたのですが、今回はうまいこと凶を引きました。
さすがに全然いいことが書いてない。
さすがは厄年。
おそらく凶が一番少ないと思うので、ある意味あたりを引いたと解釈してます。

こういうこともあり、去年も運が悪かったので、今年は運が多少ましになるようにお願いしときました。
posted by 士季 at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする