2018年01月20日

上野その3 上野公園その他

上野その3としては上野公園その他を適当に上げていきます。

まずは今年の大河ドラマの人、西郷どん。
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だからといって、その銅像には何の変化もなかった。

西郷隆盛像からすぐ近くにある清水観音堂。
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清水観音堂は寛永8年(1631年)に天海僧正により建立され、京都の清水寺を見立てたお堂です。
清水寺と同じ舞台作りですが、狭い。。。

そして清水の舞台から不忍池方面を眺めると、屋台が立ち並んでいてその奥に不忍池弁天堂(寛永寺弁天堂)がある。
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これはやはり天海僧正の創建で、寛永年間(寛永2年)に建てられたので寛永寺という名が付いている(延暦年間に建てられた比叡山延暦寺を見立てている。琵琶湖の代わりが不忍池)。
ちょうちんには「氷川きよし」や「林家正蔵」と見慣れた名前が書いてある。

それから清水観音堂前の道に戻り、北上(東照宮方面)に行くと、花園稲荷神社がある。
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古くから有るみたいで、「忍岡稲荷」が正式名称ですが、石窟の上にあったことから俗称「穴稲荷」とも言った。
※忍岡=忍ヶ岡は上野の古い地名。
承応3年(1654年)に天海僧正の弟子である本覚院の住僧晃海僧正が霊夢を感じて廃寺となっていたお社を再建した。
幕末の彰義隊の最後の激戦地(穴稲荷門の戦い)だそうです。
そういや彰義隊の戦死者の墓には行ってない。
御朱印もあるみたいです。

稲荷神社の道を挟んで反対側の山の上には上野大仏とパゴダ(仏塔)がある。
上野大仏は胴体部分が第二次世界大戦のときの金属供出令により国へ供出したので面の部分だけあり、ちょっと不気味でした(なので写真もとってない)。

この後、東照宮の方へ向かい、広場の方に向かって本日は終了しました。
そこには凛々しい小松宮彰仁親王の騎馬像がありました。
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小松宮彰仁親王は戊辰戦争や西南戦争、日清戦争で親王でありながら指揮をとった人物で、立見尚文などの小説でよく見た名前なので覚えてました。

今日は広場では「酒屋角打ちフェス」なるものをやってました。
酒はともかく何か食べようかとも思いましたが、高いしまあいいかとスルーしました。
posted by 士季 at 21:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上野その2 ぼたん苑

上野その2としてはぼたん苑。
入場料は700円。
毎年元日から2月中旬(今年は25日までなので中旬ではないと思うが)まで見れて、「冬ぼたん」と「寒ぼたん」の2種類がある。
牡丹には早春と初冬に咲く二期咲きの品種があり、このうち低音で開花した冬咲きのものが「寒ぼたん」、春と夏に寒冷地で開花を抑制し、秋に温度調整して冬に開花させたものを「冬ぼたん」という(byパンフレット)。

一応立て看板には見頃と書いてあったので入ってみた。
あまり風流を解さない人なので、なんともですが若干花が閉じ気味のところがあったりでは?と思えるものが多々あったので見頃なのかどうかは判断つかないところです。

まず入った所でちっこいパンダに出迎えられました。
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その他適当に何枚かアップします。
黄冠
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香りをお楽しみくださいと書かれており、嗅いでみると確かにちょっと甘い?香りがしました。

三笠山
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八千代椿
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戸川寒(寒牡丹)
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初烏
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品種名が書いてあるところには「初鳥」と書いていたので、単純な漢字間違いでしょうね。
ちょっと濃くてグロかった。

連鶴?
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おまけ
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結構人が多く(だいたいオバサマ方)、本格的なデジカメで撮影している人も多かった。
なのでどっしり構えて動かない人もいるので、なかなか厄介でした。

posted by 士季 at 21:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上野その1 上野東照宮

門前仲町の次は上野へ行きました。
まずは上野東照宮。
以前久能山東照宮へ行こうとしたことを書いたときに三大東照宮の一つと書いたような気がしますが、四大東照宮(日光、久能山、芝)の一つらしいです。
三大となると、日光、久能山は確実なんですが、残りの一つはマチマチらしいです。
候補としては世良田(群馬県)、仙波(埼玉県)、滝山(愛知県)、鳳来山(愛知県)で、上野も挙げられることもあるとか。

さて、上野東照宮は上野公園の中にあり、動物園と不忍池の間くらいにある。
まずは神門。
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神門をくぐってすぐ左手側にぼたん苑の入園口がある。
今は冬のぼたん苑を開催しており、一応入ってみたので別途記述します。
ちょっとしくじったのですが、ぼたん園も行かれる方はぼたん苑を先に行ったほうが良い。
ぼたん苑(700円)+東照宮(500円)の入場券のセットが1100円で売っており、100円お得です。
逆に東照宮側ではセットの入場券は売ってないです。
先に東照宮へ行ってしまったので、100円損した。

参道を進んでいくと、唐門が見えてくる。
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無料で見れるのはここまで。

この前に書いてある「東照宮略記」によると、元和2年(1616年)に見舞いのために駿府城に訪れた藤堂高虎と天海僧正が危篤の徳川家康の病床に招かれて三人一処に末永く魂鎮まるところを造ってほしいと遺言されて、高虎の屋敷地である上野の山に寛永4年(1627年)に本営を造営したとのこと。
祭神は徳川家康、徳川吉宗、徳川慶喜と将軍の中でも特に有名どころだけです。

日光東照宮の陽明門に比べたら綺羅びやかさに欠けるものの、拝殿が金箔で覆われているので十分です。

左手側から社殿側に入場することができる(入場料500円で、社殿内は入れない)。
入場してすぐのところに高さ25m、樹齢600年の御神木である大楠がある。

拝殿側から見た唐門が下の画像。
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唐門につながる塀は透塀(すきべい)といい、向こう側が透けて見えるのでこういう呼び名です。
塀の上段には野山の生き物や植物、下段には河川の生き物が200枚以上彫られている。
下段しかほとんど見てませんが、河川の生き物といってもほとんどが鳥でした。
上手く彫ってるなと感心する。
下の画像は透塀下段部で、アクリル板かなんかで保護されているが、どこからか葉っぱとかが入ってる。
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各塀ごとに何の生き物なのかは手すりに記載されている。

また、唐門の両脇には昇り龍の彫り物(表側にもあったか)があり、これは日光東照宮の眠り猫(といっても改修されて別物になったような。。。)の彫刻職人である左甚五郎の作という。
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全体的に生き物の彫りは日光東照宮より生き生きとしている気がする。

さて社殿(拝殿)ですが、全体が金箔に覆われてました。
正面
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入り口から入ってすぐ見える箇所
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反対側(出口近辺)
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まさに金ピカの一言。
金箔がふんだんに使われていることから金色殿とも言うそうです。
拝見できるのはこれだけで、日光東照宮のように御宝塔とかはない。
出口から出てすぐのところに御朱印受付場がある。
奥様方ばかり並んでました(受付嬢は巫女さん)。
御朱印集めとか流行っているのだろうか。

東照宮は見栄えが良いので、行く機会が他の東照宮にも行ってみたいと思います。
posted by 士季 at 21:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

門前仲町その3 明治丸

富岡八幡宮等とは駅を挟んで反対側の方を少し歩いた所に東京海洋大学があり、その中に明治丸がある。
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明治丸は灯台巡視船として日本が英国に発注し、天皇が乗る御召し船や練習船として使用された国の重要文化財です。
日本に現存する唯一の鉄船らしい。
1897年に海軍から新しい船が譲渡された後に、商船学校(今の東京海洋大学)に貸与されて、練習船として使われて、現在に至るみたいです。

船内も観ることができ、火曜、木曜、第1及び第3土曜日の10時~15時(春夏は16時まで)で、ガイドさんに帯同してもらわなければいけないみたいです。
今日は第3土曜日なので見れたのですが、ガイドさんを呼ぶのは面倒なので止めました。

ググってみるとそれっぽい内装でちょっと見てみたかった気もしますが、一人で行くのには気が引けました。。。
posted by 士季 at 20:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

門前仲町その2 富岡八幡宮

深川不動堂から歩いてすぐのところに富岡八幡宮があります。
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富岡八幡宮は昨年末の宮司殺害事件である意味有名になってしまったところです。
その影響なのかどうか知りませんが、人は深川不動堂に比べると非常に少なかった。
こちらは社務所でお守り等を巫女さんが売ってました。

江戸時代に当時永代島と呼ばれた現在地で神託を受けて創建され、砂州で埋められて平地になったようです。

メインは8月に行われる深川八幡祭りで、赤坂日枝神社の山王祭と神田明神の神田祭とともに江戸三大祭りと言われる。
日本一の黄金大神輿で「ワッショイ、ワッショイ」と掛け声とともに担ぎ上げ、水掛け祭りとまあ派手にお祭り騒ぎしているんでしょう、きっと。
人混みは嫌いなので行きたくはありませんが、参道の脇に黄金大神輿が展示されており、一の宮御輿と二の宮神輿と2台ありました。
御輿の重さは一の宮御輿で4.5トンで、普通の御輿がどんなもんか知りませんが相当重そう。
両方とも上に金色の鳳凰の像があり、調べてみると目はダイヤモンドらしい。
鳳凰以外にも狛犬や小鳥などもあるみたいだが、やはり目はダイヤモンド。

その御輿倉の隣には伊能忠敬像がある。
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なぜ伊能忠敬像があるかというと、日本地図作成後に富岡八幡宮の近くに隠宅を構えていたからだそうだ。
その参道挟んで真正面に大力士碑がありました。
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富岡八幡宮が江戸勧進相撲発祥の地で、歴代の大関を顕彰した碑で、9代目市川團十郎と5代目尾上菊五郎が明治年間に寄進した仙台石を利用している。
横綱力士碑もあるとのことですが、本殿の隣にあってまったくもって気づきませんでした。
引退した力士の名前が刻まれていると思いますが、最後は琴欧洲でした。
大関から陥落した小錦の名前もあるので、一度でも大関になれば刻まれるみたいですね。
posted by 士季 at 20:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする